「ねぇ、あなた―――」
恵美子の声量は、夜の闇に溶け込むように抑えられていた。
夫の覚醒を探るように注意深く、そのくせ起こさないように細心の注意を払っている。
すぐさま起きだして妻と川野を問い質したい気持ちだったが、正志の脳裏に子供たちや梨花の顔が浮かぶ。
起き出した後はどうするのか、と冷静な自分が語り掛けてもきた。
結局、起き出すという選択は、僅かに残った理性が邪魔をした。
―――どうして? いつからなのか? そもそも合意があるのだろうか? もしかして強引に!?
頭の中で整理のつかない疑問がうずたかく積み上がってゆく。背中に冷たい汗をかきながら正志は寝たふりを続け妻の言動に集中した。
「寝てるの?」
夫のことを慎重に呼びかける恵美子の声は微かに震えていた。そのことから察するに、不貞行為の原因は清三にあるように正志には思えた。
しかし恵美子の呼びかけは、夫に助けを求めるようなものではなかった。
顔を持ち上げて小さく息を吐いた恵美子が、寝たふりを続ける正志の傍から離れた。目を瞑っている正志にも、妻の気配が遠のくのが分かる。
「なっ、寝てただろ」
「――――――」
清三の言葉に、無言を返す恵美子。ベッドの傍らで立ち尽くしている恵美子のか細い腕を清三の分厚い手が掴んだ。
「ほら、おいで」
「―――あぁん」
強引に腕を引かれた恵美子が、体勢を崩してベッド上の清三に抱きすくめられた。
程なくして濡れたキスを交わす音が正志の耳に届いた。その音は情熱的な響きで、正志の思考をかき混ぜ判断を鈍らせる。
―――恵美子は嫌がってない!? やっぱり不倫なのだろうか・・・・・・
懊悩する正志の隣から、ギシギシ、とベッドが軋む音が鳴り始めた。やけにリズムカルで、目を瞑っている正志にもセックスが再開されたことが分かった。
「う、うう、ううううああぁあぁん」
「ふ、ふ、ふっ、ふ、っふ」
抑えた感じの恵美子の嬌声に、清三の短い呼吸音が重なる。
「恵美ちゃん、気持ち良い?」
「いやぁん」
「どうだ? 正直になって、ほらっ―――」
「―――っう! くぅ、くくぅ~~~ だ、ダメっ、い、いいぃい! 気持ちいい~~~」
「もっと良くなるよ」
「あん、もっとぉ?」
「そうだ、もっと気持ちよくしてやる」
「あ、ああっ、あああ――― ううっああん――― 気持ちよく、もっとしてぇ―――」
夫の覚醒を知らぬまま、恵美子は快楽の渦に飲み込まれた。
同期であり部下でもある男の妻―――恵美子を落としたと確信した清三の口元がいやらしく歪んだ。
「俺のどんな感じ?」
「か、硬いです」
「ん? 何が硬いのかな、自分の口で言ってみて」
「はぁあああん、イヤぁん、意地悪――― お、おちんぽが硬ぃの~」
「俺のチンポが硬いのか――― あいつのより硬いか?」
「言わないぃ――― そんなの絶対に駄目、ダメなのぉぉぉ」
「言わないと止めるぞ」
「駄目! ダメだったらぁあああん」
「ほら正直に言えよ―――」
「―――っぅぅぅほん! か、川野さんの、川野さんの、おちんぽの方が硬いぃぃぃ、あああっっっぁぁぁあああん~~~」
妻の口から初めて聞いた卑猥な単語。
夫と間男を比べる下衆な会話。
寝たふりを続けている正志は、隣のセックスの熱量に起き出すタイミングを完全に見失っていた。
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