キャンプ場の朝の空気は、都会とは明らかに違ってよどみがなく、どこまでも澄み切っていた。夏という季節を忘れるくらいにひんやりと感じられる。
コテージの中で眠っていないのは、妻を同期であり上司でもある男に寝取られた正志だけだった。隣のベッドでは、恵美子が寝息を立てている。
射精を終えた清三は、ソファーへ移動して1人で横になっていた。
不貞行為の最後までを見届け―――正確には寝たふりを続けて、その殆どを耳で聞いていた正志は、2人が眠った後でも戸惑いと奇妙な興奮が冷めることはなく、悶々とした時間をベッドの中で過ごしていた。
隣で行われていたセックスは、清三が中出しを乞い、根負けした恵美子が受け入れる、という夫の正志からすれば最悪な形で終わりを迎えていた。
同期であり上司でもある男が、自分の妻の名前を連呼して激しく腰を打ちつけている状況を思い返すと、悔しくて悲しくてやりきれない気持ちになるのだが、股間の一物は感情とは相容れない反応を見せていた。
それでも辺りが明るくなり始める頃には、正志の意識も急激な眠気に襲われた―――。
◇◇◇◆◆◇◇◇◆◆◇◇◇
「あなた、もう起きたら? あなたが最後よ」
恵美子の声に、寝不足の正志が片目を開けた。
ベッドの傍らに立つ恵美子を見て、夫の覚醒を確認する昨夜の妻の行動が思い起こされた。
顔を正志の方へ向けている恵美子。
しかしその視線は、眩しそうにして両目を開けた正志とは交わることがなかった。
不自然に視線を逸らせる妻の機微を見逃さなかった正志は、昨夜に目撃した不貞行為が本当に起こった事なのだと実感して暗い気持ちになった。
「ふぁ――― いま何時?」
軽く伸びをして、正志はよく寝たふうを装った。
不貞について詰問してやろうという考えが、唐突に正志の頭の中で芽生える。
が、しかし現実にはそうも行かない。子供たちや川野の妻がいる前で、いったい何を言えばいいのだろうか―――頭を軽く振って安易な考えの芽を摘み取った。
「もう8時過ぎよ。川野さんが朝食を準備してくれてるのに―――」
妻の口から「川野さん」という言葉が発せられると、正志は大きな苛立ちを覚えた。
コテージの外からは子供たちのはしゃぎ回る声と、それを追いかけている梨花の軽やかな声が聞こえ、正志は冷静さを取り戻す。
寝不足の体を起こし顔を洗うと、怠い体を引きずり妻に続いて外に出た。
真夏の鮮やかな緑が重く沈んだ気持ちの正志を出迎え、高原の清らかな風が覗き見た不貞行為の記憶を洗い流してくれるようだった。
コテージの外に設置されたテーブルの上には、紙皿に乗った色々な具材のサンドイッチが盛られていた。
「やっと起きたか。どうだ、よく眠れたのか?」
テーブルの上のマグカップにコーヒーを注ぎながら清三が言った。
正志には同期であり上司でもある目の前の男の言葉が、「気付いてないよな?」と自分を試しているように聞こえた。
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