昼食のカレーがキャンプ場での最後の食事だった。
コテージの前庭に設置されている木製のテーブルを2家族が囲っていた。
「魚の串焼き楽しみにしてたのになぁ」
残念そうに言った梨花が、対面に座る正志を見た。
どことなく甘えたような表情が窺えるのは気のせいではない。心当たりのある正志は苦笑いを浮かべた。
「期待してたのに」
親友に追従した恵美子も残念そうに言って正志を見た。まるで釣果ゼロの責任が夫1人にあるかのようだ。
「・・・・・・ごめん」
女性陣に頭を下げた正志。
梨花の横でカレーを頬張っていた清三が口を開いた。
「帰りに苦情の一つでも言ってやるか。返金ものだ」
「単純に腕の問題じゃないの? なんかカッコ悪い」
夫の言葉に梨花が嫌みっぽく言った。
「ふん、放流した魚の数の問題だと思うけど」
「そういうのを、負け惜しみって言うのよ」
場の雰囲気は、明らかに昨日とは違っていた。
それぞれのパートナーが入れ替わる形で肉体関係を結んだ2つの家族。
正志は、同期であり上司でもある男に妻を寝取られた。恵美子には嫌がる素振りどころか、積極的だったようにも感じられた。
清三は、同期であり部下でもある男の妻を寝取った。
そして夫の浮気で心を痛めてセックスレスに陥っていた梨花は、体の渇きを夫の親友で潤した。
子供が無邪気にはしゃいでいる横で、大人たちはそれぞれの気持ちを秘し隠してキャンプの醍醐味であるカレーを味わっていた。当然のことだが、みな味については記憶に残らないだろう。
カレーを半分ほど食べた正志の足先に、何か柔らかいものが触れた。
体を背もたれに預けて足元に視線をやった正志の目に、自分のものではない素足が飛び込んできた。
素足の指先が膝の当たりに触れていた。
そう大きくないテーブルだが、偶然に足が当たるような狭さでもない。視線を上げると梨花が悪戯っぽい笑みを浮かべていた。
「筒井さん、お替りは?」
「お、お替り? まだ残ってるけど・・・・・・」
親友の言葉を聞いた恵美子が、カレーが残っている正志の皿を見て首を傾げた。
「美味しそうに食べてるから――― お・か・わ・り、するかなって思って」
ペロリと舌を覗かせた梨花が妖しく言って小さく笑った。
『お替り』の隠れた意味を悟った正志は苦笑いを浮かべつつ、「じ、じゃあ、お替りしようかな」と頭を掻きながら言って股間を硬くした。
◇◇◇◆◆◇◇◇◆◆◇◇◇
昼食の後片付けを子供たちも含めて分担して行い、着々と帰り支度が整ってゆく。
正志と子供たちは、清三がコテージから運び出してくる荷物を車に積み込んだ。食器を外の洗い場で手際よく洗っているのは梨花で、コテージの中の清掃は恵美子が行った。
一番大きなクーラーボックスを積み終えた正志は、コテージに引っ込んでしまった清三を探して入口のドアに手を掛けそのまま固まった。―――嫌な予感がした。
ゆっくりと取っ手から手を放し、忍び足でコテージ側面の出窓の前に移動する。カーテンは開いていた。
窓ガラスに外の緑が反射して、中の様子は見通せないが、顔を近づけて斜めに屋内を見ると2人の姿を確認できた。
入口から死角となる隅の方で、恵美子と清三が互いに抱き合っていた。
窓ガラス越しに見えるのは清三の大きな背中だけだが、恵美子の両手がしっかりとその背中に添えられているのが正志にも確認できた。
―――2人の関係はいつからなのだろうか
恋人のように抱き合う2人を見て、正志は漠然と思った。なかなか離れようとしない2人は、かなり以前からの関係に思えたのだ。
―――知らないのは俺だけか・・・・・・
そう正志が思ったところで子供たちの声がコテージの入口付近から聞こえた。抱き合う2人が素早く体を離した。
窓から離れた正志は、小走りでコテージの正面へ戻る。すると梨花がちょうど食器を洗い終わったところだった。
「あら、うちの人と恵美子は?」
「中で忘れ物の確認中かな」
「ふーん。筒井さん、何だか疲れてるみたい。帰りはうちの人に運転させるわ」
「ありがとう。でも保険の関係があるから」
「大丈夫よ。事故しなかったらいいんでしょ。高速道路は一本道だから」
人差し指を顔の前で立てた梨花が屈託のない笑顔を見せた。
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