53歳の矢萩田からしてみれば、42歳の浅子はピチピチとまでは言わないが、若い女の部類だった。それに、経験の乏しい、青くて若い体よりも、色気をぷんぷんに振りまく熟しきった体の方が好みだった。 目の前の浅子には、矢萩田が普段から身近に接することのない、山の手の主婦といった雰囲気があった。 ―――よく熟れた甘い果実のような恵体。その我儘な体を、コンビニのユニフォームが窮屈そうに包んでいた。休憩中に読む劇画雑誌の中の女の顔が、浅子の顔にすげ替わり、トラックの中で何度もおかずにしていた。 助手性のドアを開けてやり、矢萩田が手短に座席への乗り方を説明する。取っ手を持ち、体を持ち上げた浅子だったが、高い位置にある座席になかなか乗り込めない。ごくりと生唾を飲み込んだ矢萩田は、目の前で揺れる大きな臀部にたまらず手を出した。 二人の子供を産んだ安産型の大きなジーンズ越しの尻に、矢萩田の汗ばんだ手のひらが当てがわれる。乗車する事に四苦八苦している浅子は、びくりと体を震わせ、当てがわれた手のひらから逃れる様に、大きな尻を左右に振って矢萩田を愉しませた。 ―――たまらんわ 再びごくりと生唾を飲み込んだ矢萩田は、腕に力を込めて浅子の体を押し上げた。 「―――乗れました」 乗車しただけで息を切らせている浅子を見ていると、矢萩田は自分がまるで毒蜘蛛にでもなったかのように錯覚する。綺麗な羽のアゲハ蝶が、自分が張った巣にまんまと引っ掛かったような感覚だ。糸を切られて逃げられないよう、素早く移動して絡め取らなければならない。自然と下半身が熱を帯びる。 浅子の体が完全に車内に入ったのを確認して、素早く助手席のドアを外から閉た。急いで運転席に回り込み、自分も乗車する。 ―――もう逃げられんで! 実際に高い位置に座席がある大型トラックから外に出ることと、普通車のドアを開けて外に出ることとでは、降車するという言葉は同じでも、その実は全く意味が違う。初めて乗った女性は、すんなりと降りられない。 密室と言えるトラックの車内で、狙っていた女と二人きりになった矢萩田は、声に出すことなく歓喜した。 「初めてのトラックはどないや?」 「大きくて、すごい高さですね」 「実際に走ったら気持ちええぞ」 移動した先の山中で犯す事を考えて、矢萩田はそれとなくドライブを提案する。 「うーん。でも今日は時間がないから・・・・・・」 世間知らずではあるが、浅子は何も考えない女ではない。 目の前の男が善人であるというバイアスが掛かっていながらも、夫ではない男の車に、それも二人きりで乗っているという認識はあった。それに人妻として、夫とは違う男と、気軽にドライブすることは到底できるものではなかった。浅子にとっては、トラックに乗車しただけで大冒険だと言えた。 「ありがとうございました。いい経験になりました。休憩時間なのに、お邪魔しちゃって、そろそろ・・・・・・」 乗車体験の礼を言って、それとなく降車の意志を矢萩田に伝えようとした。子供の帰宅時間には早いが、少し買い物をして帰ろうか、とも思っていた。しかし、運転席の矢萩田には、浅子の気持ちの幾らかも伝わっていない様子だった。 「思ったより狭いやろ。席の後ろがないねん。せやから上の寝台で休むんやで」 まくしたてる様に喋る矢萩田は、浅子になかなか発言の機会を与えない。 「そ、そうなんですね。だからいつも消えちゃうんだ。休憩中なのにありがとうございました。もう帰らな―――」 「―――ええんやで。一人で休憩しとるより、べっぴんさんと話しとったほうがええがな」 強引に話を続ける矢萩田に、浅子は降車の意志を伝えるタイミングを外される。 「べっぴんさんだなんて・・・・・・ 本当にありがとうございました。もう帰りますね」 話し続ける矢萩田の様子に、少し焦りを感じ始めた浅子が、礼を言って降車の意志を示した。しかし、聞こえない振りをする矢萩田は、浅子の言葉を無視して言った。 「―――そやわ。上の寝台見てみんか。梯子で簡単に上がれるわ」 強引な矢萩田の提案に、浅子は困惑した。 ―――そういえば、この人の名前も知らないわ 強引なペースで話し続ける客の男の素性について何も知らないという事実が、やっとここにきて不安となって込み上げてきた。 矢萩田の右足が小刻みに上下していた。貧乏ゆすりは、矢萩田が本性の発露をなんとか抑え込んでいる表れだった。 「あんまり長居しても休憩のお邪魔でしょ。もう帰りますね」 執拗に迫る矢萩田に対して、大きな違和感を感じ始めた浅子がきっぱりと言った。 「そうか? ええ機会やないか。ちょっとだけ見てみいや。ちょっとだけやないか奥さん。ちょっとだけ見学して帰りいや」 大きな違和感の正体が分からないまま、浅子の中では恐怖と焦りが生じ、次第に増してゆく。 「ドライブは行かん。寝台は見学せん。なんや断られてばかりで悲しいわ」 「じ、時間がないから。ま、また今度にしましょ」 「寝台の中はすぐ見えるやん。天井の穴に頭を入れるだけやから。な、ほら、すぐや。見たら帰ればええがな」 段々と早口になる矢萩田は、提案を引っ込めそうになかった。 天井のハッチが開いていた。 浅子は天井に穿たれた真っ暗な穴を見上げた。 ―――どうしよう・・・・・・ 頭を入れて中を覗くだけなら・・・・・・ ここは密室で、矢萩田のテリトリーだ。 早く帰るために浅子は渋々譲歩するしかなかった。 少しだけ覗けば納得するだろう、という安易で危険な考えに、浅子は縋るしかなかった。 「―――じゃあ少しだけ」 浅子の返答に、「少しだけや」と続けた矢萩田は、短くどす黒い舌で上唇をゆっくり舐めた。 助手席で戸惑っている浅子の顔から視線を外した矢萩田が、天井に視線を移動させて促した。矢萩田の視線を追った浅子は顔を上げ、天井に空いた真っ暗い穴に注目する。 上を向いた浅子の白い首筋が、矢萩田の目に飛び込んできた。大きくなっていた股間が、血流を増して何度も脈打つ。 「遠慮せんと。ほれ、立った、立った」 座席の上を、ぽんぽん、と手で叩いた矢萩田は、その場に立つように促した。座席の上に立つことになるので、仕方なく浅子はスニーカーを脱いだ。 「あっ、はい―――」 急かされた浅子は、バランスを崩しながらも座席の上で中腰になる。運転席に近いハッチの穴に、浅子は恐る恐る自分の頭を突っ込んだ。 冷やされた空気が胸の内に広がるのと同時に、汗と生臭い独特な臭いが鼻腔の奥に絡みついた。 「うっぶ」 咄嗟に吐き気を催し浅子の顔が大きく歪んだ。寸前で込み上げてきた物を飲み込んだ。 運転席パネルのスイッチを矢萩田が押すと、寝台の電灯が点灯した。浅子の目に、寝台に敷かれた一組の布団と、床に散乱する無数のゴミが飛び込んできた。 十分に足を伸ばして横になる広さがあるが、天井は低く正座がやっとの高さしかなかった。布団には、食べこぼしの跡や、得体のしれない染みがあちこちに見られた。布団の周囲には、飲みかけのペットボトル、弁当ガラなどが散乱している。枕元には、見慣れた表紙の成人雑誌が山積みになっていた。 「こ、ここで休憩されるんですね。思ったよりも広い感じです。あ、ありがとうございました」 無機質で薄汚れた空間に、正直なんの感想もなかった。 刺激しないように言葉を選んだ浅子が、頭を引っ込めようとしたその瞬間―――、矢萩田が棒立ちの浅子の体に飛びついた。 「―――ひっゃ!」 抱き着かれた格好の浅子は、咄嗟のことで小さな悲鳴を上げただけで体を硬直させた。 「ネエちゃん、ちょっとだけ上がってみんか?」 「あ、あの、結構です。も、もうすぐ主人が帰ってきますし」 本能的に夫の存在を示して、相手を牽制する。体を下から支えられた格好の浅子の頭は、いまだ寝台の中にあった。 「結構ですやないでぇ。ええから上がり。早う帰りたいんなら、上がってすぐに降りればええんやから。旦那はんが待っとるんやろ」 「で、でも――― 帰らないと、主人が心配してここに来ます」 「ほんなら旦那はんが迎えに来るまでええがな。な、折角なんやから。いっぺんだけでええから上がってみいや。そしたら帰れるんや」 矢萩田の語気が強まっていた。有無を言わせない雰囲気があった。 「重いんやから早う上がれ!」 夕方のコンビニ駐車場である。周囲を警戒しつつ、矢萩田がドスの効いた声を張り上げた。 「は、はい―――」 混乱した浅子は、条件反射のように返事をして、恐怖で震える足先を梯子に掛けたのだった。抱き着かれたまま下から支えられ、ゆっくりと梯子を上ってゆく。 浅子の体が寝台にすっぽりと飲み込まれるのを見届けた矢萩田は、フロントガラス越しに辺りを確認し、素早く後を追って寝台に上り―――、ハッチを静かに閉じた。
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