擬似、請負い妻 第1話

NTR官能小説
 幼馴染で親友の木村からの相談だった。

 妻のいる俺の家では、話づらい内容のようで、駅前の居酒屋で待ち合わせた。
 現れた木村は、いつもの明るい調子をすぐに引っ込め、真剣な表情で話し始めた。

 俺、海原信太と木村達夫は共に32歳だ。同じ地元の学校に通い、高校を卒業すると、俺は地元の中小企業へ就職し、木村は家業の酒屋を継いだ。

 他の友人が、就職や諸々の事情で地元を離れる中、俺たちは子供の頃となんら変わらない付き合いを続けていた。

 改まった感じで木村が話し始めた内容には、何でも言い合える間柄の俺でも少し驚いた。

「率直に言うと、童貞を卒業したい」

 真面目な顔をして、木村は言った。内容に驚いたのは言うまでもないが、幼馴染が童貞であった事に、二重の驚きがあった。

 普段明るく、時に豪胆な一面を見せる木村だが、女性に対しては、極度に緊張する癖がある事を、いつも一緒にいる俺は承知済みだった。しかし、童貞と聞くと、首を傾げざるを得なかった。

 過去を振り返れば、木村には彼女が何人か存在したし、学生時代や社会人になってからもダブルデートの思い出があった。
 掘り下げて聞くと、過去の彼女たちとは、緊張のあまり最後まで、つまりセックスまで到達していなかったという事だった。

 あれは、俺の妻、ゆり子を初めて木村に紹介した時だった。
 三人での食事のつもりだったが、奴は紹介したゆり子と目を合わせる事もせず、「急用が」と言って、乗ってきた車を置いて何処かへ走り去ってしまった。

 後に妻は、あの時の木村の印象を『女性恐怖症』と表現した。付け加えれば、きちんとした診察に基づく病名ではない。ただ、恐怖症とか緊張症とか、一般的に揶揄したものである。

 妻のゆり子は、俺の一つ下で31歳。2歳になる長男の、子育て真っ最中である。木村が女性恐怖症といっても、現在は、さすがに幼馴染の奥さんにまでは、緊張することはなくなっていた。
 
 幼馴染で親友の「童貞」という告白に、幼馴染の事を何でも知っているつもりだった俺は、ある意味で衝撃を受けたのだった。
 
「それで、キム兄はどこまで?」
 
 俺は木村をキムと呼ぶ。親しくなったゆり子は、本人の前でも親しみを込めてキム兄と呼んだ。うとうとと頭を揺らし始めた子供を、布団の上へ寝かせながらゆり子が言った。

「一番長く付き合った彼女とは、手を繋いで終わりだってさ」
 
 童貞が悪い訳ではない。俺は幼馴染が顔を真っ赤にして話をする場面を思い返していた。

「女性が苦手なのは知ってたけど、なんで急に童貞の告白なの?」
 
 木村の衝撃の告白の動機になった、その一端であるゆり子をまじまじと眺めた。

 まだ母乳が出るらしく、細身の体には不釣り合いなほど、トレーナーの胸元が大きく膨らんでいた。
 小柄で童顔の妻は、子供を連れていなければ十代で通用するのではないのかと思う。すごい美人ではないが、えくぼが出来る笑顔は倦怠期を迎えつつある夫から見ても愛くるしい。

「それが・・・・・・ ゆり子を見てたら、自分も奥さんが欲しくなったんだってさ」
 
 ゆり子がこっちを向いた。顔を赤くしている。

「いや、なに、ゆり子を変な目で見てるとか、そういう事ではないからな」
 
 俺の言葉は、変に言い訳じみていた。

「バカじゃない。分てるわよ」

「この前、キムと家で飲んだろ。あの時さ、子育てするゆり子を見てたら、家庭っていいなと思ったらいい」

「子育てする私を見て?」

 ゆり子の顔が、ますます赤くなった。

「変な誤解するなよ。子供をあやしてるゆり子を見て、神々しい母性を感じたって言ってたよ。その時に、自分も家庭を持ちたいって漠然と思ったらしい」

「それで、なんで童貞卒業なのよ?」

 ゆり子の疑問は当然である。俺も相談を受けた当日に、同じ質問を木村にぶつけていた。興味津々のゆり子が、寝かせた子供から離れて俺の横へ座った。

「見合いの話があるんだって。ただ、女性恐怖症が邪魔をして、まだ返事を迷ってるみたいだ」

「それで」

 ゆり子は、話の先を早く促して自然と合いの手を入れた。

「それで、自分なりに女性恐怖症ってやつを分析したんだって。心理学の本やら、ネットで調べてさ、それで行き着いた先が―――」

「―――童貞卒業」

 ゆり子が面白そうに俺の言葉を継いだ。

「笑うなよ。あいつは真剣に考えてんだよ」

 俺は幼馴染のいつにない真剣な顔を思い出していた。

「ごめん、ごめん。ただ、男って単純だなって。一度経験すれば、自信がつくみたいな話でしょ」

 ゆり子の顔が可笑しそうに緩んでいた。

「まあ、そういうことだな」

 俺は憮然として言った。

「それで? 童貞卒業ってどうするの。まさか、お見合いの前に彼女を別に作るとか?」

 うん、うん、とうなずきつつ「それは、ないか」とゆり子が一人こぼす。

「そこで、相談なんだが・・・・・・」
 
 男を下に見るような笑みが消え、ゆり子の顔が火を噴くように真っ赤になった。俺は構わず話を続けた。

「俺と木村で風俗へ行ってもいいか?」

「風俗・・・・・・」

 拍子抜けしたような表情でゆり子が呟いた。

 大きな町ではない。

 駅前に近い歓楽街へ足を向け、風俗店への出入りを誰に目撃されるか分からなかった。発覚後に説明するより、正直に相談する方が得策だと考えた。
 それに、あわよくば、軍資金の目途が立つのではないかと小遣い制のサラリーマンの淡い期待があったのだ。

「バカじゃないの――― どうせ、あんたが風俗行きたいだけでしょ。キム兄を迷わせちゃ駄目。親友ならもっと大切に考えてあげて」
 
 寝かしつけた子供が泣きだすのでは、と思えるほどの大きな声だった。
 真剣な表情のゆり子がそこにいた。俺の親友の事で、妻のゆり子が真剣に考えてくれている。俺は胸の内に温かいものが広がるのを感じた。

「色々と考えての結論で・・・・・・ 一番手っ取り早いというか・・・・・・ 風俗しかないのかと・・・・・・」
 
 しどろもどろの俺に、ゆり子は冷静な声で言った。

「男ってバカで単純。お見合いの前提でしょ。相手を最初から裏切る訳? そんなことで本当に女性恐怖症を克服できると思っているの? それに、病気とか色々と心配じゃないのよ」

 よくよく考えてみれば、ゆり子の話は至極真っ当なものだった。

 温かい家庭を持ちたい、と告白した女性恐怖症の親友のお見合いを、何とか成功させたいという気持ちが俺の中でますます強まった。

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