セックスごっこという言葉を反芻してみたが、素股のイメージしか浮かばなかった。嫌な汗をかきながら、ゆり子の話の続きを待った。
「考えてたのよ。お見合いから先のこと・・・・・・ キム兄は確実によくなってると思うわ。人妻にエロいことしてくるしね」
咎める視線を木村に向けたゆり子は話を続けた。鋭い視線を受けた木村は、右手を後頭部に当てて、引きつり笑いを浮かべている。
「今夜のようなことを繰り返せば、言い方は悪いけど、将来普通になれるかも。でも、お見合いって、もうすぐよね。このままじゃ、圧倒的に時間が足りないと思うのよ。それで、色々と考えてたんだけど、あんたの言葉がヒントになったわ」
「・・・・・・素股ってことかよ」
「うん。正確には、素股と床に擦りつけるってやつ」
少し照れた表情のゆり子を見て、俺の股間が反応した。木村がいなかったら、今夜は久々にベッドインだっただろう。
「でもね、あんたが考えるような際どいものじゃないの。だから、セックスごっこって言わせてもらうのよ。擬似的なってところは同じだけど、私の考えるセックスごっこはエロくないから、多分・・・・・・ セックスごっこで童貞を卒業したように脳を騙すのが目的。男としての自信って、つまりは経験したかどうかってことでしょ。単純よね、男って。自信が持てたら大きな成果よ」
「ゆり子の言うセックスごっこと、素股はどこが違うんだよ。言い方を変えても、素股は素股だ」
ごっこ遊びを強調する話には、具体的な方法の説明がない。どう考えてもエロいだろうし、ゆり子相手に素股を楽しむ木村の呆けた顔が頭に浮かんでしまう。
むきになって言い返した俺に、冷静さを保ちながらゆり子が説明を続ける。
「ググってみたけど、あんたの考える素股とは違うわ。やり方は今考え中だから、グダグダ言わないでよ。あんたのエロい考えの素股、あれは、さすがに目の前では無理でしょ」
無意識だろうか、平然としたゆり子の発言に、俺の目の前でなければいいのかよ、と思わず心の声が漏れそうになった。
「私が考えてるセックスごっこは、お互いの肌に直接触れないの。大きなクッションを挟んだりしてね。私が下に寝て、上からキム兄にのってもらう。そうやってキム兄にはセックスを擬似的に体験してもらうのよ。大きなクッションがあったら、キム兄が腰を動かしても大丈夫でしょう。あんたの目の前だし。それで擬似的にセックスを終えて、童貞を卒業するのよ。女性を拒絶する心、つまり脳を騙す作戦よ」
深い溜息の後、木村と目が合った。呆然としている俺とは対照的に、満更でもない様子なのが腹立たしい。俺が顔をしかめると、付き合い程度で困った表情を作った。
「べつに、ゆり子がそこまでしなくても―――」
「―――いいえ。短期間に結果を出すには、やっぱりショック療法しかないと思うのよ。お見合いだけを考えたら、今夜の成果は上々だわ。でも、お見合いの後どうするの。うまく運べば、すぐにデートになるでしょう。だから、改善が見られる今夜がチャンスだと思うのよ。お見合いの、その後を考えて今夜で完治させてみせるわ」
突拍子もない提案だった。俺の親友の木村の為と言われれば、それは、つまり夫である俺の為と言い換える事ができる。
ゆり子だって、なにも好き好んで夫以外の男と、擬似的であれセックスの真似事をしたいとは思ってはいないはずだ。懸命に考え、協力してくれているゆり子に対して、俺は夫として制止する術を持っていなかった。
シャワーを浴びると言って、ゆり子がリビングを後にした。子供の様子を確認した後で、脱衣場の扉の閉まる音がした。
「いいのか? お前が嫌なら―――」
「―――大丈夫だ。仕上げに、風俗を考えてたんだけどな。でもさ、連れて行っても緊張して勃起しないんじゃねえかな」
ストレートな俺の言葉に、木村の肩が落ちたように見えた。
「たぶんな。情けない話、勃起しないだろうな」
「でも、今夜はビンビンだったよな」
「テレビを見てた割には、よく観察してるな。そりゃあ気になるか。正直に言うと勃起してたよ。女性恐怖症の俺がゆり子ちゃんに対いて興奮した。怒るよな普通・・・・・・」
俺と視線を合わせた木村が目を伏せた。親友に対して、哀れみや怒りがない交ぜとなった複雑な感情が膨れ上がっていた。
「大丈夫だよ。俺はゆり子を信じてるからな」
力強く言った俺の言葉に、木村が大きく頷いた。
「ああ。お前が無理なら、いつでも中止してくれ」
「わかった。ただ、俺はお前も信用してるからな。決められたルールの中でセックスごっこを楽しめよ」
いつもの癖で、ついつい強がるセリフを吐いた。しかし、親友の完治を望む本音でもあった。
◇◇◇◆◆◇◇◇◆◆◇◇◇
リビングのテレビを消し、俺と木村は静かに語り合っていた。
脱衣場の扉は開かないが、中でシャワーを浴び終えたゆり子の気配がした。脱衣場の気配に、木村の顔が強張る。
「勃起したのは、ゆり子ちゃんが緊張しないように気を使ってくれたからだ。その、なんと言うか、ゆり子ちゃんのことが個人的にどうとか―――」
「―――わかってる。もう言うな。俺は二人を信じてる。絶対に見合いを成功させようぜ」
「お、おう」
励ますように言った俺の言葉に、どもりながら木村が返事をした。
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