擬似、請負い妻 第20話

NTR官能小説
 珠希さんが雇われママとして働くスナックの看板が目に入ると、心臓の高鳴りはギアを一段上げた。小走りの俺は、親友の婚約者に対して何を期待しているのか、と心中で自分自身をたしなめた。

 扉の前に立って息を整える。乱れた髪に手櫛を通し、ドアノブに手を掛けた。しかし扉を開ける瞬間に、俺は動きを止めた。ドア越しに、中から人の話し声が聞こえてきたからだ。

 くぐもってはいるが、一人は珠希さんのもので間違いはない。もう一つ聞こえてくるのは、男のだみ声だった。
 
「―――止めて!」

「何を言いやがる。絶対に辞めさせねーからな」

「結婚するの。もう、許して・・・・・・」

「舐めた口を利いてんじゃねえよ! このあばずれが!!」

 次第に会話の音量が上がり、内容がはっきりと聞き取れるようになる。

「や、約束が―――」

「―――何が約束だぁ。お前の体は、絶対に俺を忘れられねえよ。この前だって」

「―――もうイヤなの! あの人には知られたくないの・・・・・・」
 
 中で揉み合うような気配があり、ガラスの割れる音が聞こえた。

 珠希さんは嫌がっている様子だが、見知らぬ客に困らされている感じではない。なにか込み入った事情があるようで、助けに入るのにも知恵を絞る必要があった。
 
 深呼吸をして、俺はドアノブを掴んだ手に力を入れた。

「まだ大丈夫?」
 扉を開けてひょっこり・・・・・と顔だけ覗かせた俺は一見客を装った。珠希さんと知り合いであり、再度の来店という事実は、聞こえた会話の内容から伏せた方が賢明だろう。

「い、いらっしゃいませ」
 
 入口の俺を確認した珠希さんが声を上げると、傍にいた頭の薄いよく肥えた初老の男が慌てて体を離す。その男が俺の顔を見据えて、「ちっ!」と舌打ちした。

 一方、俺を認めた珠希さんは、安堵よりも気まずそうな色を顔に浮かべ、それでも「どうぞ」と言って身振りで店内に案内してくれた。

「オーナー、お客様ですから」

「ふん! まーしっかり稼いでくれよ。おっと、すみませんねーお客様、ゆっくり飲んでいってくださいな」

 舌打ちした男は珠希さんにオーナーだとばらされ、不愛想に言って店を出て行った。


 ◆◆◆◆◇◇◇◇◆◆◆◆


 カウンターに座り、お互いグラスビールをあおる。珠希さんにも勧めた。上を向いて一気に飲み干す珠希さんの色っぽい首筋に視線が釘付けになった。

「・・・・・・婚約者の親友に、変な所を見られたかな」

 グラスを空けた珠希さんが、小さな声で言った。

「あ、えーっと、ガラスの割れる音が聞こえて―――、邪魔でしたかね?」

「ううん、大丈夫。ありがとう」

 言いながら珠希さんが煙草を取り出す。

 木村に初めて紹介された時は、珠希さんは敬語で話していた。しかし今夜二度目の来店の俺に対して、今の珠希さんは酒の影響なのか、年下の俺に相応な言葉遣いで接している。

 煙草をくわえた珠希さんの仕草が、妙に色っぽい。

「さっきの人は、ここのオーナー。私の雇い主ね。結婚するから店を辞めたいって言ってるのに―――、しつこくって」

 煙草をくゆらせ憂鬱そうに喋る珠希さんの話は、俺が入口の外で聞いた話とは少し違った。先のやり取りを思い返せば、誰でも男女の仲を想像するだろう。もしそうなら正直に言える訳がないのだが。

「そ、そうなんですね。まっ、ママ―――」

「―――ふふふ。珠希でいいよ」

「そ、それじゃあ――― た、珠希さん」

 急に色っぽさを増したような珠希さんを前に、俺は学生のように緊張していた。

「言いませんから。今夜のことは、木村やゆり子には絶対に言いません。だから何か困った事があったら何でも相談してください」

「優しいのね、海原さん。ありがとう」

 頭を下げた珠希さんが顔を上げると、小指を立てた手をいきなり俺の前に突き出した。

「―――えっ!?」

「指切りげんまん」

 珠希さんの意図は分かるが、俺は親友の婚約者に触れていいものかと自問する。
 そして―――小指を立てて、震える手をゆっくりと前に差し出した。

 俺の立てた小指に、小さな白い蛇が絡みつくように珠希さんの小指が絡まる。

「指切りげんまん、嘘ついたら―――」

 目の前の珠希さんは、俺の親友の奥さんになる人で、困っているのなら助けるのが当たり前のことだ。

 そう思う俺の下半身―――カウンターに隠れているズボンの股間部分はテントを張ったように膨らんでいた。

「―――指切った」
 
 一転して、どこか楽しそうな珠希さんの様子に俺は戸惑う。

「約束ね。今夜の事は誰にも言わないで。2人だけの秘密」
 
 妖しく動く珠希さんの唇に、立てた人差し指がゆっくりと添えられた。その指は珠希さんの唇を離れると、そのままカウンター越しの俺の唇へ押し付けられた。

「は、はい・・・・・・ 秘密です」

「そろそろ、閉めようかな」

 唐突に珠希さんが言った。

 俺は深く息を吸い込み、目を瞑る。

 誘われているとは思わないが、妙な期待が膨らんでいるのも事実だった。

 しばしの葛藤―――。
 その最中に俺のスマホが鳴った。画面を見れば、ゆり子の表示。画面を覗き込んできた珠希さんが、小さな吐息を漏らしたのが聞こえた。

「もしもし、ああ、今終わった――― これから帰る」
 
 電話に出ると妻に帰宅を告げた。通話を終えてスマホをしまう俺の手は、何故だか汗をかいていた。

「そ、そろそろ、帰りますね。一人で大丈夫ですか?」

「あら優しいのね、ありがと。いつも一人だから大丈夫よ」

 タイミングがいいのか悪いのか・・・・・・。
 ばつが悪い表情で珠希さんに言った俺は、勃起の収まらない一物のポジションを調整してから立ち上がった。
 
 財布を取り出すと、カウンターから出てきた珠希さんがすぐ傍に立つ。やや強めの香水は仕事向けなのか、いい匂いがして俺の鼻の奥が刺激された。

 財布を取り出した手に、やんわりと真っ白い珠希さんの手が添えられた。

「―――!?」

「頂けないわ。今夜は助けてもらったお礼。また来て」

 入口の外まで送りに出てきた珠希さんが、営業向けの丁寧なお辞儀をする。

「また、来ます」

 言った俺は駅の方向に向かって歩き出す。途中で振り返ると、顔を上げた珠希さんが笑顔で手を振ってくれていた。俺も大きく振り返す。

 角を曲がって、珠希さんが見えなくなると俺ははた・・と立ち止まった。どこかやましい気持ちがある。心の中で木村に詫びを入れた。

 しかし、すぐにゆり子と木村の情交を思い出して、おあいこだよな、と思い直した。

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