「珠ちゃん勝手に店を閉めて大丈夫?」
「今夜は吾妻が来ないから。それに見ての通りお客は誰もいないし」
―――お客は誰もいないって‥‥‥俺は?
そう思ったのだが、どうやら顔にでてたみたいだ。妖艶な笑みを浮かべている珠希さんが心の中の疑問に答えてくれる。
「いまから信ちゃんはお客さんじゃないからね。私の大切な人」
「えっ―――!?」
珠希さんの言葉に思わず戸惑の声を上げてしまった。互いに家庭のある身。彼女の言葉は嬉しくはあるが、手放しでは喜べない。ゆり子と木村に対して後ろめたい気持ちがあるのは当然で。
だが、そんなことよりも自分に向けられている珠希さんの重い感情に気づいてしまった。
「重たい女と思ったでしょ」
「べ、別に‥‥‥」
図星を指され動揺した。
そんな俺の態度に正面の珠希さんが目を細めて小さく笑った。
「ふふ、安心して。達男さんを愛しているのは本当だから。でもね、ゆり子さんには悪いけど信ちゃんは特別なの。一応は分別ある女だから、飽きられても文句はないからね」
「ちょ、ちょっと珠ちゃん、飽きるって‥‥‥俺は別に」
タジタジになったところで、カウンターから出てきた珠希さんが俺の後ろを通り抜けた。その瞬間、甘ったるい匂いが鼻腔をくすぐる。
彼女は店を出て、閉店準備に取りかかった。
一人店内に残された俺の股間は、はち切れんばかりに膨らんでいた。罪悪感も大きく膨らんで半端ない。
いったん落ち着くために息を吸い込んで大きく吐き出した。グラスに残ったビールを一気に飲み干す。
そして珠希さんが出ていった店のドアに視線を向けたところで、不意に「飽きられても文句はないからね」と、先ほどの珠希さんの言葉が蘇った。
で、気づいてしまった。不貞関係に罪悪感を持った俺は、珠希さんに気遣われたのだと‥‥‥。
傷つき苦しんでいる珠希さんに、俺はなんてことを言わせてるんだ。
不甲斐なかった。自分に腹が立つのと同時に、今夜の目的がはっきりする。こんな状況で俺にできることは一つだけ。
店内の照明を落として移動した先は、件の部屋だった。
「あの部屋がいい」
と、俺から提案した。
珠希さんは最初目を見開いて驚いたのだが、すぐに妖艶な表情に切り替わった。
ちろりと真っ赤な舌先がのぞき、厚ぼったい上唇を舐めたのは一瞬のことで―――俺はその色っぽい仕草を見逃さなかった。
部屋に入ると様相は前回の時と変わりはなく、中央に大きなベッドが設置され、その周りには照明設備やカメラなどの撮影機材が並んでいた。
珠希さんにとってこの部屋は、自分の意思で立ち入ることのない、嫌な記憶の詰まった場所に違いない。
けど俺は、今夜あえてこの場所を選んだ。それは、彼女の苦しみや悲しみの記憶を少しでも上書きできないか、と単純に考えたからで。
だから今夜、俺は人妻の珠希さんと―――彼女が忘れられない最高のセックスを愉しんでやる。
そう思っていたのだが‥‥‥。


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