擬似、請負い妻 第6話

NTR官能小説
 たしか―――彼女と手を繋いだことがある、と木村は言っていたはずだ。

 しかし女との身体的な接触は、後にも先にもその一回限りで、彼女に振られてからは、風俗を利用するなど自分から積極的に行動を起こしたことは無いとのことだった。

 床に散らばったつまみを片付けると、俺たちは静かに飲み直していた。

「意識はしてない。体が勝手に反応したんだ」

 力なく、ぽつぽつと話す木村を見ているのが親友としてとても辛かった。
 
「重症かもな」

 ぽつりと呟いた俺の言葉に、木村は額に手を当てて深い溜息をついた。

「うん。思ってたよりね」

 ワインに切り替えたゆり子が、同調して小さく頷いた。グラスの残りを一気に飲み干し、話を続ける。

「でも、お見合いまでに気付けてよかった。体臭コンプレックスのように手を打てる」

 何かを閃いたように、うんうん、と小さく二回頷く。

「なにか妙案でもあるのかよ」

 訊きながら、俺の内側に小さなさざ波が立つのが分かった。
 俺と木村の顔を交互に見やったゆり子が、オットマンから立ち上がった。

「―――慣れるの」

 真面目な顔でゆり子が言った。

「な、慣れる!?」
 
 鼻白む俺は、素っ頓狂な声を上げていた。

「慣れる・・・・・・」

 木村の声は、考え込むように語尾が消え入った。

「そう、慣れるの。要するに、女性の体に慣れてしまえばいいのよ。体臭コンプレックスを治すより簡単よ」

 ゆり子の言葉に、俺は天井を見上げた。内側のさざ波には理由があったのだ。

「ゆり子ちゃん―――、慣れるって簡単に言うけど・・・・・・ 具体的にどうするんだよ」

 木村が俺の考えを代弁した。
 ゆり子と視線を合わせた俺は、話の続きを促した。

「簡単な話し。実際に女性の体に触れてみて、苦手意識を克服するの。何事も経験に勝るものはないわ」
 
 呆れ顔になった俺は思わず口を開いていた。

「ちょっと待った! それって俺が提案した風俗案と同じだぜ」

 言い終わると缶ビールを煽った。
 首を傾げた木村が俺に続く。

「女性に触れるって・・・・・・ 誰の?」

「ちょっと、人の話は最後まで聞いて。私の考えは、あんたの言う風俗とは違うわ。だって、相手は私だから―――。キム兄さえよければ、私が相手になってあげる」

 衝撃的な発言に、俺の心臓はボルテージを上げて早鐘を打った。
 隣の木村は含んだ酒を吹き出しす。

「二人とも、慌てすぎ。話は最後まで聞いて。当然だけど、なにも私とキム兄が変なことをするって訳ではないの。さっきキム兄の過剰な反応を見た時に思ったのよ、ショック療法が必要かもって。女性の体に触れるのが怖いのなら、逆にずっと触れていればいいわ。手を繋いだり、軽いボディダッチで女性の体に触れ続けていれば、そのうちに慣れてしまうわ」

「ちょ、ちょっと待てよ。その―――、お前の体にキムが?」

 狼狽える俺の声は震えていた。隣の木村は唖然とした様子で言葉を失っていた。

「ちょっと、いやらしい言い方は止めて。なにもこそこそと二人っきりでって訳ではないわ。あんたの目の前で、軽いボディタッチで慣れてもらうってこと。前提としてキム兄が私を女性と見てくれていればだけど」

 言い終わったゆり子の視線が木村を射抜いた。
 木村は軽く咳ばらいをして、困り顔で俺を見た。

「そうだな―――」

 妻と親友に小さな男だとは思われたくなかった。それに、木村の見合いを心から成功させたいという思いも強かった。

 動転していた俺は何も考えられなかったが、思慮深い素振りで腕を組んで呟いた。すると、何を誤解したのか木村の表情に光が灯った。ゆり子の方に顔を向けて遠慮がちに口を開く。

「女性として、み、見てるよ」

 言われたゆり子は満更でもない様子だった。冷静に考えれば、夫の親友に、夫の傍で掛けられる言葉ではない。ゆり子が俺を見た。苦い顔の俺は、渋々ながら頷いた。

 いつもより焼酎の水割りを濃く作った。目の前の光景に、酔わないとやっていられない、という気持ちが強かった。

 
 ◇◇◇◆◆◇◇◇◆◆◇◇◇ 

 
 俺はゆり子と入れ替わって、木村の正面でオットマンに座っていた。ソファーに座る木村の横には、肩が触れ合う距離でゆり子が座っていた。

 目の前の、二人の距離が問題なのではない。
 
 静かに視線を落とす。その先では、ゆり子と木村の手が繋がれていた。俺は作ったばかりの焼酎の水割りを勢いよく煽った。

 夫の視線に気が付いたゆり子が、諭すように言う。

「ちょっと、やめてよ。もしかしてヤキモチ?」

「ば、ばか言うな。いまさらヤキモチを焼くかよ」
 
 心中を言い当てたゆり子の言葉に、俺はむきになって返した。一瞬だけ、ゆり子の顔が悲しそうに見えたのは気のせいだろうか。

「本当にいいのか?」
 
 申し訳なさそうにして、木村が俺たち夫婦の会話に割り込んだ。

「いいよ全然。それより、お前こそ、ゆり子でいいのかよ」
 精一杯に強がっている自分が情けないぜ。

「失礼ねえ。これでも町内のお爺ちゃんにはモテるのよ」

「信太・・・・・・ 俺はお前が嫌な気持ちなら―――」

 献身的なゆり子の協力で、親友の木村が自信をつけつつあるのだ。親友として、夫として、俺は後に引けなかった。木村が言い終わらないうちに言葉を継いだ。

「―――大丈夫だ。別に変な事をするんじゃないし、俺の目の前だろ、ゆり子でいいなら早く女に慣れて、絶対に見合いを成功させようぜ」

 声に出して認めてしまえば、案外、吹っ切れた感があった。

「ありがとう。信太、ゆり子ちゃん・・・・・・」

「―――なんか、湿っぽい。もう少し飲もうよ」

 俺の迷いが消えたと感じたゆり子が、グラスを掲げて言った。俺と木村は視線を合わせて頷き合い、ゆり子に倣ってグラスを掲げた。

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