擬似、請負い妻 第7話

NTR官能小説
 繋がれている手は、下側がゆり子だった。上から木村の大きな手が被せられていた。硬い表情の木村を見ると、男と女のどちらがリードしているのかが一目瞭然だった。

 二人が俺の目の前で手を繋いでから暫くは、たどたどしい会話が続いた。俺からは敢えて話は振らず、目の前の二人の会話に相槌を打つ程度で付き合い、徐々にではあるが存在を消していった。
 
 実は、木村がトイレに立った際に、俺の存在が木村の緊張を悪い方向で解いてしまっているようだ、とゆり子がこっそりと耳打ちしてきたのだった。
 
 ゆり子としては、見合いやデート本番を意識して、なるべく女性と二人きりという場面を演出したいようだった。

 ゆり子に言われた通りに、俺は同じ部屋に居ながら、会話に入ることなく相槌も止め、徐々に存在を消していった。
 
 酒の影響もあったのだろう、俺が不自然に沈黙しても、木村は隣のゆり子との話に夢中で、違和感を持っている様子はなかった。

 ゆり子は聞き上手で、話の腰を折らないように適度な相槌を打ち、笑顔や真剣な表情を交えた返答で木村を饒舌にして、緊張を和らげていた。

「最近よく店に来る客でさあ、あからさまにカツラなのよね。会計の時にどうしても視線が上に―――」

「ふ、ふふふ。ちょっと――― いいじゃない別に。キム兄、お客さんに失礼よ」

 冷静に二人を見守っている俺には、特段面白い話に聞こえなかったが、ゆり子はオーバに体を揺すり笑ってみせた。

 そして、唐突に俺の目の前で木村にもたれ掛かった。
 手は繋いだままで、ゆり子の頭が木村の左肩に乗った。一瞬、のけ反り拒絶の反応を見せた木村だったが、ゆり子の体重を受け止めるように体を戻すと、ちらりと俺に視線を向けた。

 俺は、存在しない、と心で念じた。
 
 ゆり子の大胆な行動に見て見ぬふりを決め込むため、慌ててテレビのリモコンを手に取った。

「お、ニュース、ニュース」
 
 意識をテレビに向けているように装い、俺は木村の視線を避けた。妻も俺の配慮には「いいね」をくれるだろう。

 木村の視線が俺から離れたのが気配で分かった。俺の視線はテレビに向かっていて、意識だけをソファに向けて集中させた。

 ゆり子がもたれ掛かったことで、気配だけでも木村の強い緊張が窺えた。

「それで、本当にカツラなの? 地毛だったら失礼な話しよ」

 ゆり子は自然な形で話を続けた。

「お、あ、う、うん。それは、間違いないよ。あ、あれで地毛だったら―――」

「見てみたい。写真撮ってさ、こっそり送ってよ」

 どもる木村に対して、優しく包み込むような口調のゆり子は、会話を中断することなく、自然な形で話の続きを促した。

 すると、ごく短時間で木村のどもりが解消され、緊張がほぐれてゆくのが分かった。

 楽しそうな会話が再開する。木村のどもりに対して見せたゆり子の笑顔の中に、俺は母性のようなものを感じてしまい、木村に軽く嫉妬した。

 グラスを傾けつつ、俺はちらちらと視線をソファに向けた。ゆり子は木村にもたれ掛かる格好で、頭は木村の肩にあり、手は繋いだままだった。

 木村が腕まくりしていることで、もたれ掛かっているゆり子の七分袖からのぞく腕と木村の腕が直に触れ合っていた。
 ゆり子と、夫である俺以外の男の肌が直接に触れ合っている状況を改めて認識すると、さっき感じた嫉妬心が大きく膨らんでゆくのが分かったが、それとは別に妙な昂りがあることに戸惑う。

 木村は俺の視線に気が付くことはなく、ゆり子との会話に夢中だ。ゆり子も頭を肩に預けたままの姿勢で、首を傾げるようにして木村の顔から視線を逸らさないでいた。

 酒の影響だけなのだろうか、耳まで真っ赤に染め、木村の話に潤んだ瞳で微笑み返している。
 療治とは言え、ゆり子自身も少なからず非現実な状況に興奮を覚えているのだろう、声色に甘えたような響きが含まれていた。

 ニュース番組は、伝染病のニュースから、いつの間にかスポーツの話題に移っていた。

「―――いいよ。そう、手を回してみて」
 
 視線をテレビに向けていると、ゆり子の囁き声が聞こえた。―――ゴソゴソと衣擦れが聞こえる。

「そ、それでさ、う、うちの親父が―――」
 
 再び木村がどもった。状況の変化を察した俺は、グラスを傾けつつ二人に悟られないように、ちらりと視線を向けてみた。

 想定内というところだろう、繋いでいた木村の手が、ゆり子の遠い方の肩に移動し、ぎこちなく添えられていた。
 
 木村に肩を抱かれたゆり子は、俺の視線に気が付いたようで、ウインクして悪戯っぽく舌を出した。

 療治の一環と分かっていても、内心が騒めき、本当に療治のためなのか、と妻の内心をも疑ってしまう。しかしその一方で、女性恐怖症の根の深さを知っているだけに、療治のために仕方のない事だと理解もできた。

 ゆり子の肩を抱いていた木村のどもりが解消されるのに、時間は掛からなかった。徐々にではあるが、木村が女性に慣れつつあることが窺えた。

 ゆり子の肩を抱いた木村と俺が目を合わせると、当初、木村は申し訳なさそうな表情をよこしていた。
 しかし、俺があえて無反応を装っていると、親友の遠慮は影を潜め、さも当たり前のようにゆり子の肩を抱き続けた。

 酒のつまみが少なくなり、俺はキッチンへ移動した。
 
 立ち上がる際に、木村の手が慌ててゆり子の肩から離れるのが見えた。木村の手は、俺がキッチンへ移動した直後にはゆり子の肩へ戻されていた。

 俺がつまみを漁ってキッチンから戻ると、ゆり子の肩先に添えられていた手が、ゆっくりと上腕の方へ下りてゆき、再び肩の方へ上ってゆく動きを見せた。
 
 俺の位置からは見えていないと思っているようで、どうやら、ゆり子の左肩周辺を木村は撫でさすっているようだった。俺が立ち上がった際に見せた先ほどの木村の反応は、この手の動きがあってのものだったのだろ。

 木村の手の動きを気にするふうもなく、ゆり子は会話を続けている。俺はこっちを見ろ、とばかりに鋭い視線を妻に向けた。視線を受け止めたゆり子は、少し悪びれたような表情を作っただけだった。

 肩を抱いたまでは黙認していたものの、俺の見えない所で、ゆり子と木村が密に触れ合っていたことに静かな怒りと妙な興奮を覚えた。
 
 ゆり子が何を考え、どこまで許すつもりなのか、という思いが心中を占める。自然と酒の量が増えるのだった。

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