トラックドライバー 第1話

官能小説~others
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 東名高速道路の某インターチェンジに程近い、県道沿いのコンビニエンスストア。最近になって近くにできた競合店に早々と客を取られ、日中でも一見して裏寂れた雰囲気が漂っていた。
 
 その雰囲気に一役買っているのが、無駄に広い敷地で、疎らな駐車車両を見ていると余計に寂しく感じるのだった。しかし、この無駄に広い敷地には、メリットもあった。

 店がなんとかやっていけているのは、敷地の一部を大型車両の休憩場所として開放しているためで、そのドライバーの利用があり定の売り上げが確保されているからだった。
 
 木曜日の午前10時30分―――。
 パートを初めて一カ月の藤原浅子ふじわらあさこは、搬入された弁当を昼に向けて手早く陳列していた。
 陳列の位置や、賞味期限の近いものは手前に出すなどのルールを覚えて、最近やっと店長の指示を仰がなくて済むようになっていた。

 最下段の整頓のために腰を折る。
 スリムなジーンズを履いた大きく熟れた尻が、はしたないまでに強調される。その後ろを、店長の谷村がレジの方向へ通り抜けた。手のひらで、撫でる様にして丸みを帯びた肉を触る。

「―――ひゃ!」
 毎度のことだが、浅子は小さな悲鳴を上げた。しかし抗議や非難の声を上げることなく、黙々と陳列作業を続けるのだった。

 42歳になった浅子には、外資系の保険会社に勤める夫と、高校に通う二人の息子がいた。
 浅子の夫は昨年、国内大手の保険会社から外資系の保険会社にヘッドハンティングされ、現在は全国の支店を飛び回って、月の半分程しか家に帰ってこない生活だった。

 巣立ちの予感がする息子達は、食事以外は自室に籠り、部活やアルバイトにとほとんど母親の手を必要としなくなっていた。

 家事や子供の面倒で忙しい日々を過ごしていた専業主婦の浅子に、降って湧いたような自由な時間が訪れた。今まで、ほとんど働いたことのなかった浅子は、家計の足しに、という世間一般的な考えではなく、レジ打ちをしてみたい、といった興味本位で安易な気持ちからパートタイマーとして働き始めたのだった。

 ◇◇◇◆◆◇◇◇◆◆◇◇◇

 今年55歳になる店長の谷村は、セクハラした浅子の反応を横目に、いやらしい笑みを浮かべてそそくさとバックヤードに消えた。

 ―――もう店長ったら・・・・・・ いやらしい!

 昨今の女性なら、ハラスメントに対して、すぐに大きな声を上げるだろう。ましてや性的なハラスメントだ。法的手段は免れない。しかし、浅子の反応は違った。

 谷村のセクハラに対して、非難の声を上げるどころか、男性のいる職場は、こんなものではないのか、と勝手に想像し納得しているところがあったのだ。
 一昔前のOLと言えば語弊があるが、セクハラは当然といった感じで嫌がりながらも受け入れてしまっていた。
 
 今の夫とは、見合い結婚である。箱入りの、お嬢様育ちだった浅子は、今の時代には珍しくほとんど働いた経験がなかった。
 そのため、世間知らずで、元来のおっとりとした性格も災いして、周りからは、天然な性格、という評価を与えられていた。

 最近の谷村の行為はエスカレートしていて、浅子の正面を通り抜ける際は、従業員用のユニフォームの上から、豊満なEカップの胸に触れることもあった。

「藤原さん、レジ入って」
 バックヤードから出てきた谷村が、何事もなかったかのように浅子に言った。昼の時間帯に向けて、谷村はフライヤーを使い始めた。

「はい」
 腰を上げた浅子は返事をして、小走りでカウンターに向かった。

 ◇◇◇◆◆◇◇◇◆◆◇◇◇

 午前11時―――。
 競合店に客を取られたといっても、日中は浅子と谷村の二人きりで接客から商品の管理までを行うので結構忙しい。

 浅子のパート時間は、平日の午前9時から子供の帰宅前の午後3時までで、深夜は谷村の息子、その他の時間帯は学生アルバイトでシフトが組まれていた。

 11時を過ぎると、朝に陳列した弁当が売れ始め、二つあるレジに谷村と浅子は釘付けになる。
「―――いらっしゃいませ」
 来客を認めた浅子が元気よく声を上げた。客の顔を見て、すぐに苦い顔になる。

 暫くして、汚れてくすんだ色の作業着姿の男が浅子の目の前に立つ。汗臭く、少しだけ生臭いように感じる。
 男はこの店の常連の客で、名前を矢萩田一平やはぎだいっぺいといった。53歳だが、色黒の顔に深く刻まれた皺のせいで年齢以上に老けて見えた。

 職業はトラック運転手。
 関西方面から東京方面に荷物を運ぶ途中の、無駄に広い駐車場目当ての客だった。この矢萩田という男は、どんなに他の客で混雑していようとも浅子のレジに並ぶのだ。

 気安く声を掛けてきて、下卑た話を垂れ流す。浅子が嫌そうな顔をすると、その様子を観察して楽しんでいるようなところがあった。常連客なので、無下な対応も出来ず、浅子は苦手意識を抱えたまま接客していた。

 矢萩田のトラックは、週に一、二回、昼過ぎに店の駐車場に現れた。弁当やお茶を購入して、夕方のラッシュ時間を避けてから夜になって出発する。浅子はこの男と、なるべく目を合わせないようにして接客した。

「唐揚げまんこ」
「はい?」

「聞こえんのかいな。唐揚げまんこ頂戴な」
「まん個・・・・・・ ですか」
「ネエちゃん、エロいこと言いよんな」

 ―――エロいことって!?

 自分の発した言葉を思い返して、矢萩田の言っていることの意味が分かった浅子は赤面した。その様子に、矢萩田は煙草のヤニで黄ばんだ歯を見せて、がはは、と大笑いした。

 アルコールと煙草の臭いが混ざり合ったような強烈な口臭に襲われた浅子は、目の前の男が客と分かっていても思わず顔をしかめてしまう。

 唐揚げを用意してレジを打つと、浅子の目の前に漫画雑誌が置かれた。雑誌の購入はいつものことだが、浅子が矢萩田を苦手にする理由の一つでもあった。

 矢萩田は、弁当などと一緒に必ず成人コーナーの漫画雑誌を購入するのだ。過激な表紙をワザと見せつけるようにして、会計時の浅子の反応を楽しむのだ。

 成人雑誌の表紙には、人妻の文字が踊り、劇画タッチの絵で胸などが歪に強調された女性が描かれている。成人の漫画雑誌を読んだことのない浅子は、想像が膨らむ分、谷村の直接的なセクハラ行為よりも、とても恥ずかしい気持ちになるのだった。

 ◇◇◇◆◆◇◇◇◆◆◇◇◇

 ―――パート終了の時刻。

「お疲れ様」
 谷村が浅子の肩に手をやって労う言葉を掛けた。

「お疲れ様でした」
 普通の会社ならハラスメントでアウトだ。世間知らずの浅子は、谷村の行為を深く考えていない。

 肩に乗せられた谷村の手は、なかなか離れない。それどころか、肩を揉むような仕草があった。夕方からのシフトに入った学生アルバイトが、複雑な表情で谷村と浅子を見ていた。顔を上げた浅子と、学生アルバイトの目が合うと、学生アルバイトは真っ赤な顔になり慌てて顔を背けた。

「あいつ、絶対に藤原さんのレジへ並ぶよね。常連客だけど、嫌だよね。あのエロ本男」
 客には聞かせられない話しだった。谷村が誰のことを言っているのか、浅子にはすぐにわかった。

 毎回、成人雑誌を手に浅子のレジに並ぶ男と言えば、トラック運転手の常連客の男以外にいない。
セクハラ気質の谷村は、同類の勘が働くのか、以前から矢萩田を警戒していた。矢萩田の深い皺が刻まれた色黒の顔を思い浮かべた浅子は、ついつい苦い顔になった。顎には、白髪交じりの無精ひげが生え、ひび割れたような声の関西訛りの男。箱入りで世間知らずな浅子が、今までの人生で関わることのなかった人種だった。

「明日もよろしくね」
「はい。お先に失礼します」
 肩に置かれた谷村の手をゆっくりと払いながら浅子は言い、ユニフォームの上からダウンジャケットを着て駐車所に出た。

 定位置に矢萩田のトラックを認めた浅子は、何気にフロントガラス越の車内を眺めた。

「・・・・・・あの人やっぱりいない」

 関わりたくない男だったが、いつの頃からか運転席に矢萩田の姿が見当たらないことを不思議に思っていた。独り言をつぶやいた浅子は、店脇の軒下に止めてあった自転車に跨ると自宅を目指した。

 その自転車に乗車した浅子の背中を、矢萩田の粘りつくような視線が見えなくなるまで追っていた。運転席の上方に位置する空間の小窓からだった。

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