パワーウインドウの音と風切り音で目を覚ました。
いつの間にか眠っていた正志の肩には、梨花の頭がもたれ掛かっている。
ハンドルを握る清三が、運転席の窓を半分ほど開け煙草の煙を外へ逃がしていた。順調に走行するミニバンのカーナビ画面にサービスエリアの案内が表示された。
「交替するよ」
「じゃあ、次のサービスエリアで」
身体を寄せている梨花の頭を肩で反対側へ押しやりながら正志が言った。
ルームミラー越しに清三は運転の交替を承諾する。
助手席の恵美子はぼんやりとした表情で前方を見つめ、その太ももには所有権を主張するように清三の手のひらが置かれていた。
「もう着くの?」
頭を預けていた枕がなくなり、目を覚ました梨花が寝ぼけまなこで口を開いた。
「まだだよ。SAで休憩しよう」
目を覚ました梨花に正志が答えた。隣に顔を向けるとあどけない表情の梨花にドキリとする。
―――ああ、こんな可愛い人と関係を持ってしまったんだな
そんなことを正志は考えていた。
◇◇◇◆◆◇◇◇◆◆◇◇◇
ミニバンがウインカーを出して本線から離れた。
そして夏休みシーズンの客でごった返すサービスエリアの駐車場に乗り入れる。
混雑するサービスエリアは、大型車の駐車スペースにまで乗用車が溢れ、出口に近いガソリンスタンドには給油待ちの長い列ができていた。
店舗が入る建物の周辺には大勢の客の姿があり、屋内の混雑が容易に想像できた。
清三の運転するミニバンは駐車場を一巡し、出口に近い駐車枠に空きを見つけてなんとか駐車した。
「運転ありがとう」
「まだそんなに走ってないけどな。このまま運転してもいいけど」
「いや交替するよ。保険の事があるし・・・・・・」
「堅い奴だな」
行きの行程と同じ話をする正志の生真面目さにうんざりした表情で清三が答えた。
その清三の手には、助手席に座る恵美子の手がいつの間にか握られていた。
「あ、あなた? 子供達は起こさない方がいいと思うの。だから交替で車を離れましょうよ」
シートベルトを外し背中を伸ばしていた正志に、振り向いた恵美子が提案した。その声は何故だか上擦っていた。
「だったら僕が残るよ。大人3人で行っておいで」
「わ、私も残るわ。座席を動かせば子供たちを起こしちゃうから」
残ると言った正志の言葉に梨花が同調する。
たしかに3列目のシートから降車するには、2列目の座席を前方に動かさなければならない。梨花の申し出は的を得ていた。
「そうよね。じゃあ私と川野さんが先に降りるわね。少しお土産を見てきてもいい?」
「混んでそうだから時間が掛かるな」
上擦った声で言った恵美子の言葉に、確定的な物言いで清三が続いた。
「大丈夫よ。私また寝てるから」
「僕も大丈夫だよ。ゆっくりしてくればいいよ」
欠伸をしながら梨花が言った。それにつられて正志も欠伸が出た。
恵美子と清三の2人が連れ立って車から離れてゆく。
車内に残った正志と梨花が遠ざかる2人の背中を目で追っていた。すぐに人混みに紛れてしまう。
運転席と助手席の2人がいなくなった車内には、子供たちの寝息が小さく響いていた。
規則正しい寝息に子供たちの深い眠りが窺えた。
それぞれの伴侶の姿が完全に見えなくなると、梨花が遠慮がちに口を開いた。
「・・・・・・筒井さん。恥ずかしいんだけど――――――」
「な、なに?」
「変な女と思わないでくださいね」
「だ、大丈夫だよ」
「よかったら―――おかわりしませんか?」
「――――――っえ!?」
一度でも情を通じた女の変わりように正志は驚いて声を詰まらせた。
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