―――時刻は午後7時を少し回ったところだった。
退社時間になってからすぐに外へ出た俺は、あれこれと考えながら駅前をふらふらと歩き回り、なんとなく時間を潰していたのだ。
吾妻から時間の指定はなかった。ただ、なかなか珠希さんの店へは足が向かなかった。
何度か、珠希さんに連絡しようと考えた。珠希さんの連絡先は、以前に木村とゆり子の前で番号の交換を行っていたことから知っていた。
でも―――、今夜は珠希さんからではなくて、オーナーの吾妻から誘われているわけで・・・・・・、なんだか珠希さんに連絡するのが憚られた。
駅前の噴水広場―――今日は何度も行き来した場所だった。
立ち止まった俺は、ふぅっと短い息を吐いて意を決する。
吾妻が何を見せてくれるのかは知らないが、そもそも珠希さんが待っているということなので、あまり不安に思ったりすることはないのではないのか。
兎に角、早く済ませて家に帰りたい気分だった。
珠希さんが雇われママとして働くスナックの前まで来た。
お世辞にも綺麗とは言えないテナントビルの1階―――そこは隣のビルに挟まれて昼でも暗いと思われるトンネルのような通路になっていた。
目的のスナックは道側の一番端に位置していて、店の看板だけが煌煌とする暗がりの奥まった先へ入らなくて済むので気持ちは少し楽だった。
ふぅーはぁー、と大きく深呼吸する。高ぶった気持ちを落ち着かせてから店の扉を開けた。
「―――いらっしゃーい」
そこに珠希さんの姿はなかった。
カウンターの内側に立っていたのは、珠希さんよりも年上に見える金髪の女性。いかにも、と言えば語弊があるかもしれないが、立ち姿だけを見ればこの店のママだと言われても誰も疑ったりはしないだろう。
「あ、あの―――」
「―――っん?」
広くはない店内に他の客の姿はなかった。手持ち無沙汰のその女性は、口角を上げて不自然な笑顔を作って俺を出迎えた。
しかし入口付近の遠慮がちな俺の態度に首を傾げてから、「ああー」と言って笑顔を引っ込めると、つまらなそうにカウンターの奥―――黒いカーテンで仕切られたその先へと声を掛けたのだった。
「来たわよー!」
呼び掛けた女性の声は酒焼けだろうか、かなり擦れていて少し聞き取り難くかった。
よく言えばハスキーボイス、悪く言えば皺枯れた老婆の声のように聞こえる。
金髪の女性は奥にいる吾妻に声を掛けたのだろう、しかし当の本人はなかなか姿を現さなかった。もしかしたら珠希さんも一緒にいるのだろうか・・・・・・、嫌な予感しかなかった。
「遅いわねー、なんか飲む?」
「いえ結構です。―――あっ、やっぱりビールを」
大きくなってゆく不安な気持ちを和らげるためにアルコールが必要だと思った。―――グラスに注がれたビールはあまり冷えてなかった。
吾妻を待っている間、目の前の女性に観察されているような視線を向けられて、ビールの味も感じないほどに緊張していた。
しばらくして、カウンターの奥―――黒いカーテンで仕切られているその先から、額に汗を浮かべた吾妻が顔だけを覗かせた。
「来ねぇのかと思ったぜ。仕上がってるから、早くこっちにきな」
「えっ!? 奥にですか? あの――― ママは、珠希さんはどこにいるんです?」
「いいから入って来い。すぐにわかる」
俺の質問に、顔だけ覗かせていた吾妻はイラつく態度を見せた。
カウンターの中の女性は、動揺する俺を見て、含みのある笑いを顔に浮かべていた。
吾妻が言う、仕上がっているって一体なんのことなのだろうか―――、頭の中は疑問符だらけだった。
カウンターの内側に入り、吾妻の後を追ってカーテンを潜る。
そこは薄暗く狭い通路で、目の前を歩く吾妻はスラックスのズボンに上半身が裸という格好だった。よく見れば全身が汗まみれで、スラックスの太もも辺りの生地が汗で黒く変色していた。
通路には、吾妻の汗の臭いの他に、何だか別の生臭さいような臭気が充満していた。
薄暗く狭い通路の先―――部屋の入口と思われる扉の前で吾妻は立ち止まった。
振り向いた吾妻がその扉へ向かって顎をしゃくる。
俺はゆっくりと慎重に近づいて吾妻の隣へ立った。そして促されるままに扉の方へ体を向けた。
シンプルだが重厚そうな鉄製の扉は、周囲の薄汚れた壁に比べて真新しい。おそらくは後付けだろう。一見して何の変哲もない鉄製の扉には、ちょうど目線の高さに細くて横に長い蓋みたいなものが取り付けられていた。
蝶番の位置から、蓋の部分が上方向にめくれるようになっているようだ。
顎をしゃくっただけで何も言葉を発しない吾妻は、扉の蓋に気が付いた俺のことを静かに観察していた。
―――段々と呼吸が荒くなる。口の中が緊張で乾いていた。
震える手をのばして扉の蓋部分を掴んで引き上げると―――覗き窓の先に見えたのは、ベッドの上に仰向けの姿勢で横たわっている真っ白い裸体の女性だった。
その女性は、顔に大きめのアイマスクを着けて、こちら側に足を投げ出す格好だ。ぐったりとしていて動く様子がない。
そして―――、覗き窓越しの俺は激しく勃起していた。下半身の変化に、隣に立つ吾妻は気付いているだろうか・・・・・・。
「どうだ、面白れえーだろうが」
「―――誰、なんですか・・・・・・」
どこかの成金が秘蔵のコレクションを披露するかのように、満足そうな声で吾妻が言った。覗き窓から顔を離せないでる俺は、恐る恐る訊ねた。
「うん? 分からねぇのか? 本当はわかってんだろうが!」
「・・・・・・」
そうなのだ、部屋の中の女性が大きめのアイマスクで顔を隠していたって―――本当は気づいていた。
すぐに思い浮かんだのは親友の顔だった。
いつの間にか全身が震えていた。
得体の知れない恐怖感―――真っ黒い大きな存在に飲み込まれてしまうような錯覚―――。
と、俺を押しのけるようにして吾妻が扉を開けた。
部屋の中に籠っていた、むっとする熱気が一気に押し寄せてきて思わず顔を顰める。それにしても、この部屋はいったいなんなのか・・・・・・。
「ほら、入れよ」
吾妻の低い声が部屋の壁に反響して聞こえた。
躊躇う俺は薄暗い通路に立ち尽くしている。
引き返すなら今だ、という心の声が聞こえた。心臓が早鐘を打つ。この瞬間を逃せば、取り返しがつかなくなるような気がした。
でも、目の前のベッドに横たわっている女性―――親友の奥さんかもしれない人を置いて、一体何処へ逃げるというのか。
無言の吾妻に促されるまま、恐る恐る部屋の中に入った。震える足でベッドの方へと近づく。
8畳ほどの広さの部屋は簡素な造りだった。コンクリート打ちっぱなしの壁に、照度を落とした天井のダウンライト。
窓はなく、家具は中央に置かれた大きなベッドのみで、周りの空いたスペースには三脚に載ったビデオカメラや一眼レフカメラがベッドに向けて設置され、銀色の板のようなもの―――そうあれはレフ板という名前だったと思うのだが・・・・・・、そういった撮影機材があちらこちらに置かれていた。
「おい! 客が来たぞー!」
突然、語気を強くした吾妻は、ベッド上の女性に声を浴びせかけた。しかし、ぐったりとして反応がない。かわりに声に驚いた俺の身体がびくりと跳ねる。
「この牝豚、完全にキマッってやがるな」
と、ベッドの傍らに立った吾妻がアイマスクの女性の大きな乳房を平手で打った。
「―――ぎゃひぃぃぃん~~~!」
アイマスクの女性は、口の端から涎を垂らしながら、本当の豚みたいに下品な声で鳴いた。それは苦痛とは無縁で、悦びに打ち震えたような鳴き声で―――、打たれた箇所がみるみる赤くなる。
見てはいけないと思いつつも、俺の一物は痛い程に勃起し、ベッド上の女性からますます目が離せない。
そうなのだ―――、近くで見ていると、もう否定しようがなかった。
その顔は大きなアイマスクで半分が隠れていた。でも髪型や厚ぼったい唇は間違いなく彼女のものもので。それに・・・・・・、剥き出しになった大きな双丘は彼女の大きな特徴の1つと言えた。
日常とは切り離されたような空間―――目の前のベッドに横たわっている女性は俺の親友の奥さんになったばかりの人で・・・・・・、間違いなく珠希さんその人だった。
珠希さんは、万歳の姿勢で2つの手錠を使って両手をベッドの柵に固定されていた。
剥き出しになった両脇の窪み部分には少しだけ剃り残しがあって、それが妙に艶めかしく・・・・・・、普段見ることのない、親友の奥さんの恥部を目にしただけで射精感が込み上げてきた。
その射精感を寸前のところで我慢し、やり過ごす。そして心の中で木村に詫びると視姦を続けた。
目の前の珠希さんは全身が汗で濡れていて、覗き窓から見て真っ白に見えた肌は、上気してほんのりと色づいていた。
重力に従って潰れている柔らかそうな乳房の肉―――やや大きめの乳輪と桜色の先端の突起を目にすると、自然と口の中に唾液が溢れ出した。しゃぶりつきたい欲求をなんとか頭から振り払う。
「珠希、今夜の客が誰だかわかるか?」
吾妻の言葉に俺は激しく動揺した。顔の前で手を振って身振りで拒絶を示す。そんな俺を見て意地悪そうな笑みを浮かべた吾妻は言葉を続けた。
「いつもの常連客じゃーねぇーぞ。今夜はしっかり可愛がってもらいな」
吾妻はどうやら、俺が来ることを珠希さんに告げてはいなかったようだ。少しだけ安堵するが、それでも異常な状況に変わりはなかった。
目の前には全裸の姿で両手を固定された親友の奥さん。吾妻の言葉から察すれば、この部屋で珠希さんは日常的にこういうことをさせられている―――。
俺は今、珠希さんが抱えている事情を目の前にしているのだ。
こんな事、木村が知ったらどうなってしまうのだろうか、まったく想像ができなかった。
「あんたも珠希の知り合いなら、日頃から想像してたんだろ。こんないやらしい体を前にしたら誰だってヤリたくなるぜ。今夜は俺からのサービスだ。あんたの日頃の妄想通りゆっくりと楽しみな――― っと、基本的には何でもありだが、体に傷は残すなよ」
そう言うと、俺を残したまま吾妻はあっさりと部屋から出て行ってしまった。
まるで、これから俺が珠希さん相手になにか良からぬ事をするのが確定しているみたいな言い方で―――、もの凄く腹が立った。
珠希さんは俺の唯一無二の親友の奥さんだ。結婚式にも招待された。
妻のゆり子とも仲良くしてくれている。これからも家族ぐるみの付き合いが続いて行くのに、そんなわけがない。そんなことは絶対に許されない―――。
吾妻が出て行った扉の方を振り返れば、覗き窓の蓋も閉じられて―――完全な密室だった。
この部屋には俺と身動きできない珠希さんだけ・・・・・・。それに大きなアイマスクを着けていて、俺の存在は珠希さんにバレてない。
ゴクリと生唾を飲み込んだ俺は、再びベッド上の珠希さんに視線を向けた。
裸の下半身は、両足がピタリと合わさって閉じられている。
着痩せするタイプなのか、真っ白い太ももは肉感的でむっちりとしていた。
ダメだと分かっていても、自然と閉じられた股の方に目が吸い寄せられた。
抵抗できない親友の奥さんを、嬲るような目で見ている自分が恥ずかしい。『男の性』というやつで易々と片付けられない行為だということは重々承知している。
でも、吾妻が部屋からいなくなったことで、自分でも驚く程に遠慮がなくなっていた。
―――長い時間、無抵抗の珠希さんの身体を視姦していた。勃起は治まることはなく、呼吸も荒くなる一方だ。
それでも、木村の顔やゆり子の顔が目の前をチラついて、なんとか理性を保てていた。が、耳にした嬌声に僅かに残っていたその理性は脆くも打ち砕かれてしまった。
「ねぇー、早くぅー はやく、入れてぇぇぇえ~~~! おまんこしてぇぇぇええええーーー!!」
アイマスク越しに、珠希さんは俺の方でも見るようにして顔を動かした。そして唾液で濡れそぼった舌を突き出すと、人妻がけして口にしてはいけないはしたない言葉を吐き出したのだ。
その声を聞いた俺は―――熱に浮かされたように段々と正常な思考が鈍っていった。
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