――――――暗闇の中で目を覚ました正志は、隣のベッドから漏れ聞こえてくるくぐもった声に耳をそばだてていた。
「トロトロだよ。※※※とは※※※くヤッてないんだろ」
「嫌ゃ、そんなことは、うっ、聞か、ないで――― うう、い、いっっっはぁぁぁ~~~!」
色っぽい喘ぎ声は妻のものかもしれない。それでも正志の右手は自然と下半身に移動する。ズボンの中に手を差し入れ勃起した一物を握り込んだ。
会話の内容はやや不明瞭であったのだが、荒い息遣いや連続的に軋むベッドの音などから隣の2人が既に繋がっているであろうということは容易に想像できた。
隣でセックスをしているのは、普通に考えれば川野夫婦だ。しかし声だけを聞いている正志には、女の声がどうしても梨花のものには思えなかった。
―――まさか! いや、違うと信じたい、けど・・・・・・
妻の不貞を疑い始めた正志は、まさかとは思いながらも疑念を晴らす方法を考えた。
方法といっても、自分の目で見て確認する以外に方法はないのだが――――――。考えた末にリスクはあるが寝返りをうって体の向きを変えることをにした。
隣のセックスに耳をそばだてつつ機会を窺う。
くぐもった喘ぎ声の中に、時折、肉と肉がぶつかり合ういやらしい音や、ドスン、といった重たい音が聞こえてきた。
隣から聞こえる息遣いは、段々と荒く激しくなっているようで、セックスがいつ終わってもおかしくないステージに到達していると正志には感じられた。
焦る正志は目を瞑ったままで寝返りを決断する。深く息を吸い込むと、「う、う~~~ん」と言って伸びをするような動作でゆっくりと寝返りをうった。
と、その瞬間―――、息を詰める気配がして、聞こえていたありとあらゆる音が消えた。
辺りが静まる中、目を閉じたままの正志は静かに呼吸を繰り返して深く眠っているように装い続けた。
―――1、2、3、4、5・・・・・・ 30秒・・・・・・ 1分・・・・・・・
心の中でゆっくりとカウントする。
寝たふりがバレているのでは、と正志が思いはじめたころ、隣のベッドから小さな話し声が聞こえてきた。
「寝てるよな」
「た、たぶん・・・・・・」
「続けていい?」
「―――まっ、ダメっ!?」
再びベッドの軋む音が響き、正志は瞑っている目を開きたい衝動に駆られる。
「ちょっと止めて、本当にダメです」
「大丈夫だよ。起きちゃいないさ」
「あっ、駄目ぇです。うっ、ぬ、抜いて、ください」
再び始まった隣のセックス。暗闇の中で正志は恐るおそる薄目を開けた。
暗闇に目が慣れるまでの僅かな時間――――――正志の視線の先には隣のベッドの盛り上がった輪郭が見えた。
徐々に目が慣れてゆき、隣の2人が頭からタオルケットを被っていることが分かる。薄目を止めた正志は隣のベッド上を凝視した。
隣のベッド上ではタオルケットの一部が連続的に上下運動を繰り返し、セックスの事実を視覚的に伝える。
抑えた喘ぎ声と乱れた息遣いがやけに生々しい。
セックスの事実は確定だった。
しかし正志には女の正体が妻である確証が持てなかった。暫く様子を窺っていると、不意にタオルケットから頭の輪郭がのぞいた。
急いで目を瞑った正志は、ベッドから起きだす気配にたじろいだ。
野太い男の声―――清三の引き留める声が聞こえた。
「大丈夫だって。逆に起きるかもしれない」
「――――――」
清三の言葉を無視した女の気配が正志のベッドへと近づいた。無言のままで正志を見下ろしている。
緊張の中、正志は寝たふりを続けるしかなかった。
正志を見下ろしていた女の気配―――恵美子は腰を折って自分の顔を正志の顔に近づけた。肩にそっと手をやり、軽くゆすりながら声を掛ける。
「――――――あなた」
耳元で聞こえた間違えようのない妻の声に、正志は激しい衝撃を受けたのだった。
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