「最近、夜遅くまで何をしてるんだい?」
鏡台に座った最近やけに艶っぽく感じられる妻の背中に、夫の和義が介護ベッドの上から声を掛けた。すると少しだけ驚いた様に妻の肩がぴくりと反応した。
近頃の妻は、夜に子供を寝かし付けると1人で起き出して居間に行くことが多い。
介護や子育てに追われ、知らない土地での義父母との暮らしを考えれば、体の空いた夜間帯に気晴らしで好きな映画やドラマを観ているのだろう、と最初のうちはそう思っていた。
ただ、どうしても妻に確認したい気掛かりな事があった。
「アマゴンで映画を観てるのよ」
美智は風呂上がりで乾かした髪をアップにまとめながら、鏡の端に映る夫に向かって答えた。色香が漂ってくるううなじがのぞく。
「ふーん、そうなんだ。昔はよく2人で映画を観に行ったよな。それがこんな体になってからは、映画の一つも連れて行ってやることができない」
「あなた、そういう言い方はやめましょ。焦らずにリハビリを続ければ、きっと良くなるから」
「・・・・・・ごめん。ついつい卑屈な方向に考えてしまうんだ」
「いいのよ。映画館には、あなたの体が良くなってから連れて行って。家で観る映画なんだけど、それはそれで気兼ねなくゆっくり観れるから、いい気分転換になってるの」
振り向いた妻の小さな笑顔を見て、和義は久しぶりに夫婦の会話を交わしたような気がした。
「そうだ、薬は?」
「貰おうかな。ただ最近は効きが悪くてさ、直ぐに目が覚めたり眠れないこともあるんだ。薬慣れってやつかな」
「そ、そうなんだ―――」
義母が早々と寝た後の、義父と2人きりになった居間での情景が目に浮かび美智は血の気が引いた。
居間の隣の寝室で眠る義母の照子は、一旦眠ってしまえば大きなイビキをかいて起きる気配は微塵もなかったし、夫の和義は医師から処方された睡眠導入剤を服用していることから、完全に油断していた。
「もう少し量を増やしてもらおうかな。それでさ――――――最近、夜中によく聞こえるんだけど、もしかして、あれ使っているのか?」
「あ、あれって?」
夫の言葉に美智は固唾を呑んだ。聞こえると言われて背中に冷たい汗が滲むが、後半の『あれ』に思い至らない。
「なんのことを言ってるの? あれって何? はっきり言って―――」
やましい気持ちが美智の心をかき乱し、自分でも知らないうちに急き立てる口調になっていた。そんな妻の様子に和義は不信を抱く。
「あれだよ、あれ―――搾乳器だよ。ほら母乳を搾るやつ」
「・・・・・・搾乳、器?」
「そう、搾乳器」
実際に使用していない美智には、夫の言っている言葉の意味が分からなかった。戸惑いの表情を浮かべた妻に向かって和義は言葉を続けた。
「居間の方から、ちゅうちゅうって変な音が聞こえてくるから―――搾乳器ってあんなに音が出るものなのか?」
夫の問い掛けに美智の視界が一瞬揺らいだ。体が震えだし、両腕を自分の体を支えるように胸の前で抱いた。
そして小さく息を吐いてから、慎重に言葉を継いだ。
「ごめんなさい、き、聞こえてたのね。最近桃香がぐっすり寝てくれるでしょ。だから、すごく張っちゃってて―――――― それで荷物の奥から引っ張り出してきて使ってるのよ」
夫の『ちゅうちゅう』という擬音付きの投げ掛け。義父が自分の母乳を飲んでいる時に発する音だと理解した美智は、咄嗟に話を合わせた。
「搾乳器は痛いって言ってなかったかな? 使って大丈夫?」
「初めは痛かったけれど、もう慣れたわ」
居間で行われているものは、初めの頃はマッサージという名目があり、美智は自分自身を渋々納得させるための口実にもなっていた。
しかしその行為は段々とエスカレートして、もはや家族に対する裏切り行為でしかなかった。
その行為を搾乳器の使用と勘違いしている夫に少しだけ安堵したものの、もしかして気付かれているのではないのか、という疑念を拭い去れず美智は夫の言葉を待った。
「そうなんだ。ただ、その、なんだ・・・・・・ もしかして搾乳器を使っている時に親父も一緒にいるのかと?」
夫の探るような視線が痛かった。美智は夫の顔を見ることができず、自然と爪を噛んでいた。
(もしかしたら音だけじゃなくて、声も聞かれてたのかも・・・・・・)
夫の問い掛けに、「お義父さんは一緒にいないわ」と答えようとした美智だったが、そう考えると咄嗟に口から出かかった言葉を飲み込んだ。
回数を重ねるごとにエスカレートした不貞行為は、最近ではお互いのタガが外れてしまって、どんなに取り繕っても世間に顔向けできるものではなくなっていた。声も我慢できず、自分でも分かるくらいに出ていたと思う。
「ええ、お義父さんも居間にいる時も・・・・・・ だけど、テレビ画面に集中してこっちを見てないから大丈夫よ」
頭をフル回転させた美智は、義父との会話や自分の喘ぎ声を聞かれていた可能性を考慮して、矛盾が生じないよう慎重に言葉を選ぶ。
「やっぱりそうか。親父の話し声が聞こえたから、どうなのかと思って」
やや無理のある説明にも、夫は疑念が解消されたようにホッとした表情を作った。動く方の手を頭にやり、照れ笑いを浮かべている。
(ごめんなさい―――)
夫の反応を見た美智は、密かに胸を痛めた。
「まあ、義理でも親子だから見られても大丈夫だよな。それにあの堅物の親父だろ。美智を変な目で見る訳がないさ」
(―――違うの、大丈夫じゃないの。あなたのお義父さんは堅物なんかじゃないの。義娘の母乳を欲しがって美味しそうに飲み干す変態なのよ)
そう心で訴えつつ、夫の言葉に、「もう、何変なこと言ってるのよ」と美智は真顔で返答した。
そろそろ薬が効いてきたのか、和義が大きなあくびをする。
危険な話を切り上げるにはちょうどいいタイミングだった。
「明日もリハビリだから、もう寝ましょ」
「―――そうだな。おやすみ」
「おやすみなさい」
電灯を消して美智は布団に入った。ベビーベッドの桃香はスヤスヤと寝息を立ててぐっすりと眠っていた。
(あななことがバレたれら終わりだわ。なんとか納得してくれたみたいだけど・・・・・・ もう、これ以上は断らないと。それにしても、桃香が母乳を飲んでくれないから胸が張って痛いわ・・・・・・)
横を向いた美智は、シャツの上からパンパンに張った胸の膨らみに触れる。すると義父の舌の感覚や勃起した一物の臭いがリアルに頭の中で蘇り、静かに股間を濡らすのだった。
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