和義の片耳には、ワイヤレスイヤホンが差さっている。手に持ったスマートフォンの画面には、鈴木家の居間が映し出されていた。
設置された隠しカメラの位置は、エアコンの吹き出し口の奥。定点だが部屋全体をカバーするのに絶好の位置で、いまの時期はエアコンを使用しないことも都合が良かった。
暗闇の中、横に向いた和義の顔がほのかに光っている。イヤホンから伝わるものはアクション映画の音声だったが、スマートフォンを握る手には力が入り小刻みに震えていた。妻の美智が寝室を後にしてから暫く経っていた。隣のベビーベッドでは長女の桃香がすやすやと眠っている。
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居間のテレビ画面には、80年代に流行ったアクション映画が映し出されていた。激しい銃撃戦が売りで、主人公は何故だか被弾しない。
隣の寝室で大きなイビキをかいて寝ている照子に配慮し、映画のいい部分を殺して音量は抑えられていた。
テレビの正面に配置されたソファー上に、足を広げた昌義が真ん中にドカッと座っている。しかしその視線はテレビ画面に向けられてはいない。と、いうか目の前の恵体に遮られていた。
美智は、背もたれに深く体を預けている昌義の腰に跨り、股を広げてくの字に立てた両足を座面に投げ出していた。
時折、大きく体を反らせる美智―――後ろに倒れないよう昌義の両手が括れた義娘の腰に添えられていた。
2人きりの居間。その住人の視線は、さっきからテレビ画面に向かうことはなく、過去の名作が虚しくたれ流されていた。
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想像していた通りの現実が、カメラを通して和義の目の前に鋭い刃のように突き付けられた。心臓は大きく跳ね上がり、怒りでスマートフォンを強く握り込む。
胸の内が張り裂けそうなほど苦しくなり、息の詰まる感覚に思わず叫び声を上げかける。と、隣のベッドで眠る長女の、「あぁまぁ~」という言葉にならない小さな寝言のようなものが耳に届き、寸前のところで込み上げてきた真っ黒い塊を飲み込んだ。
そして沸点に届かなかった怒りは、長女の存在を意識したことにより急速に冷めてゆく。
間宮が設置した隠しカメラの位置は絶妙で、部屋全体をカバーしていて2人の姿を画面中央に捉えていた。
映像は鮮明で、小さな画面でも目を凝らす必要はなく、2人が下半身裸だということが見て取れた。
和義には、ゆっくりと上下に揺れる美智の腰と艶めかしい真っ白な背中しか見えないし、それに遮られて昌義の表情を窺い知ることはできない。
しかし美智の背中に優しく添えられている昌義の手を見て、画面の中で行われている行為の生々しい状況を実感すると鎮まりかけた怒りが再燃する。
(美智! いつからなんだ! お前は親父と何をやってるんだ!!)
心の中で叫んだ和義は、不自由な体でスマートフォンを頭の横に引き寄せた。壁に向かって投げつけようとしたところで、先ほど意識した長女の存在が踏みとどまらせる。そして大きく息を吐いてから再び画面に目をやった。
『映画を観るって言ったのに―――義父さんの嘘つき』
『おや、美智さんもノリノリじゃないか。それ―――』
『―――っああん、急に、ダメぇ』
父親の昌義が、腰を突き上げたように見えた。その動きで妻の美智が、いままでに訊いた事がないような淫らな声を上げた。イヤホン越しの和義は息を止める。
(な、なんて声を出すんだ。本当に俺の知っている美智なのか!?)
義父を窘める美智の言葉。それとは裏腹に、画面の中の真っ白い背中は弓なりに反りかえり快感に打ち震えているように見えた。
『駄目じゃないだろう。美智さんもこんなに積極的なのに』
『ち、違います。だって、お義父さんが・・・・・・』
『違うものか。エッチな体は正直に反応してるぞ。こんなにオッパイを垂れ流して、ほらこれが証拠だ』
和義のイヤホンから、ぶちゅ、ちゅう、ちゅう、じゅるるるる、と乳房を激しく吸い立てる音が響く。
『―――ひゃぁぁぁ、そんなに強く吸っちゃダメって約束したのに―――聞こえてるからぁ』
『大丈夫だ。聞こえやしない。薬を替えたんならぐっすり眠ってる』
『でもお義母さんもいるし・・・・・・こんなことが知られたら、あっ―――』
画面の中の美智の体が前方に倒れた。昌義が背中に腕を回して抱きしめる格好となり、ぴちゃ、ぴちゃ、といった互いの唾液を交換する激しいキスの音が聞こえ始める。
『イビキが聞こえてれば大丈夫だ。絶対に起きやしない』
『あっ、れろれろ、おろぉ、お、お義父さん―――息が』
『もっと舌を出して。ほら、しゃぶらせてくれ』
『いやぁ、そんなこと、お嫁さんに言わないんだからぁ、お義父さんの変態―――――― こほぉ、ですか?』
『そうだ、もっと、もっと突き出して』
『こぉほぉ? おとぉさぁん――――――』
義父の要求に舌足らずな物言いで答える長男の嫁。
和義はイヤホン越しに、自分の妻の舌が淫獣となった自身の父親に貪られる音を聞いた。画面の中の2人は、対面座位で繋がっている。淫猥な音が響くなかで美智の腰の動きが速くなった。
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マンションの来客用の枠に止めた車の中―――タブレットの画面には、ソファーの上で対面座位を愉しんだ後、正常位で再び繋がった2人の男女が映し出されていた。
嫌がる素振りを見せながらも、拒否する言葉とは裏腹に、最後には積極的に相手の変態的要求に応える女。
恵体に覆い被さり腰を振り立てている男は、その女の父親くらいの年齢に見えた。
互いに汗をかきながら息を合わせて繋がっている様子からは、もうすでに2人が何度もセックスをしているということが窺えた。
画面上の歯車マークを男の指先がタップした。メニューの中の録画を選択する。タブレットから顔を上げた男―――間宮亮は明かりがともるマンション5階の窓に目をやった。
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