妻の美智と父親の関係―――同じ居間にいながら搾乳器を使用したという信じがたい話を妻から聞いて以降、和義の疑念は深まるばかりだった。
体が不自由な事で、自分の目で直接確かめることはできない。妻に対してそれとなく話を向ければ、はぐらかしたような答えしか返ってこなかった。
秋が深まってゆくなか、しばらく悶々とする長い夜を過ごした。
それに、ちゅうちゅう、といったような水気を含んだ何かを吸い立てる音は聞こえなくなったものの、時折、楽しそうに会話するくぐもった声や、微かな喘ぎ声のようなものは相変わらずで、和義は否が応でも妄想を掻き立てられた。
そしてある晩のこと、「眠れないんなら強い薬を処方してもらう?」と妻から提案されたことで不貞の確信を得ることになった。
同居を始めた頃の美智は、夫の体のことを心配して睡眠薬の服用に強く反対していた。和義の知っている妻ならば、「強い薬を―――」ではなくて「別の薬を―――」と提案したはずだった・・・・・・。
◇◇◇◆◆◇◇◇◆◆◇◇◇
ここは和義の地元である。思い立つと直ぐ、旧友たちに連絡を取った。
その目的は、ある作業を依頼するため―――。
何人かとスマホでやり取りをし、自宅へ招くと近況などを語り合った。
突然の夫の行動に美智は驚いたが、事故以来ふさぎ込んでいたことを考えれば改善の兆しにも見え、訪ねてくる夫の旧友を笑顔でもてなした。
会いに来た旧友たちのほとんどが、体の不自由な和義の現状に驚き、一様に同情的でやや距離を置いた話し方に終始した。
そんな中、1人だけ昔と変わりなく、気さくな態度で接した男がいた。
男の名前は間宮亮―――。
中学の同級生で、和義の記憶では1年と3年で同じクラスになっていた。卒業後の進路は違ったものの、連絡を取り合い当時はよく一緒に遊んでいた。
マンションを訪れた間宮は、介護ベッドの和義を見て、最初は他の旧友たちと同じような反応だった。しかしその後は変に気を遣うということはなく、直ぐに打ち解けた雰囲気になり、和義も久しぶりに楽しい時間を過ごした。
その間宮だが、現在は無職で最近になって妻と離婚していた。
失業手当をもらいながら仕事を探している、という近況について和義にあけすけと説明した。
体の不自由な和義に対して同情があったにしても、見栄を張ることなく飾らない旧友の告白に和義は好感を持ち、考えていた作業を依頼することに決めた。
ただ間宮は正直に伝えていないことがあった。それは、会社を辞めた理由―――正確にはクビ。無類の女好きで同僚の妻に手を出し、その同僚から訴えられていたのだ。
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秋晴れの澄み切った空が広がる週末―――。
和義を除いた鈴木家の面々は、郊外にある大型のショッピングモールへと買い物に出かけた。
家族の誘いを、体調が優れないことを理由に断った和義は、「楽しんでおいで」と言って妻の美智を送り出した。
そして同居の家族が出掛けた隙にあらかじめの計画を実行する。
スマホで連絡を取ると、直ぐにインターフォンが鳴った。渡していた合鍵を使ってスーツ姿の間宮が姿を現す。
「よっ」
「ん? 面接か何かか?」
「営業マンに見えるだろ。これなら怪しまれない」
「別にやましいことをする訳では・・・・・・違うからな」
そう言った和義は、依頼した作業―――隠しカメラの設置について、その理由を明確には伝えていなかった。それでも快く引き受けてくれた間宮には感謝しかない。
間宮を自宅に招いた日、自分に代わって玄関で出迎えた妻を見て、「めちゃくちゃ美人な奥さんだな」と言っていた。
その妻の存在と設置する隠しカメラを結び付けて考えられたなら、その理由はさながら妻の不貞の証拠を握ろうとする夫という構図になるだろう。
和義は隠しカメラの設置の理由を、曖昧な言葉で濁すことしかできなかったのだ。そんな旧友の態度に何かを感じ取ったのか、間宮はほとんど追求するようなことはなかった。
隠しカメラの設置作業が終わると、パソコンに詳しい間宮は『Wi-Fi』で映像を飛ばすという説明をした。
しかし機械音痴の和義は理解が追い付かず、映像を見るためのアプリの導入や、『Wi-Fi』の設定の全てを間宮に任せることにした。
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