擬似、請負い妻 第42話

NTR官能小説
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 背もたれに深く体を預けている伊達弁護士がおもむろに煙草を取り出して火をつけた。
 依頼人の俺が吸うのか吸わないのか、その辺は全くお構いなしのようだ。だから事務所の壁全体が黄ばんでいるのだろうけど。

「色々と判明しましたよ。木村珠希さんのお父さんの会社―――倒産に至った詳しい経緯を調べる中で吾妻という男の存在が浮かんできました。おそらく会社を乗っ取られた後、いいように資金を抜かれ潰されたんじゃないのかと。今となってはなんの証拠もありませんがね。まあ、吾妻ならそれくらい簡単にやるでしょう。それに―――」

「ちょっと待ってください。先生は吾妻を知ってるんですか?」

 伊達先生の話を聞いていて、俺はいても立ってもいられなくなり話の途中で割り込んだ。

「まあ、こういう仕事をしてると色々あるんですよ」

 まさかの歯切れの悪い回答だった。
 目の前の弁護士と吾妻が通じている可能性を俺は考えていなかったのだ。

 しかし、依頼した相手を間違えたのかもしれない、そう思った俺の内心を汲み取った伊達先生が笑いながら説明してくれた。

 なんでも伊達先生は元検事―――いわゆる『辞め検』ということで、もともとは刑事専門の弁護士だったらしいが、民事の方が儲かるという理由から現在は民事専門の看板を掲げているとのことだった。
 だから過去に携わってきた刑事事件を通じ、ある程度は裏社会のことも知っているのだとか。

「やっぱり相当ヤバい相手なんですか?」

「端的に言えば最悪です」

「・・・・・・」

 伊達先生の歯に衣着せぬ物言いに言葉を失った。
 そんな俺を見やりながら紫煙をくゆらす伊達先生が話を続ける。

「ただ債務整理に関して言えば―――倒産した会社は法律に則って滞りなく終えてましたよ。勿論、木村珠希さんのお父さんの個人的な借金があったとして・・・・・・子供に支払いの義務は生じません」

「借金がない―――じゃあ、なぜ珠希さんは・・・・・・」

「そこは相手が反社会勢力の人間だからです。違法な貸し付けはそこらじゅうに転がっている。闇金を利用する人間は法律上の返済義務がないことくらいわかっているんです。だが、支払う。借りたものを返さないと自分がどうなるかわかっているから。それにね、日本人は真面目なんですよ。借りたものは返すって、そういう良心に付け込まれるケースも多い」

「珠希さんは父親の借金を返す必要はないのに・・・・・・吾妻に騙されてるんですか?」

「彼女自身の個人的な借金がなければ、当然そうでしょう」

「なら―――」

 こんどは伊達先生が俺の言葉を遮った。

「―――わかっていると思いますが、借金がないと仮定してそれでも普通に店を辞めるには困難な状況は変わらない。いっそのこと警察を頼るとか」

「でも、あの薬が・・・・・・」

 そうなのだ。警察へ駆け込むのは簡単だが飲まされている得体の知れない薬の存在がネックだった。俺は珠希さんを薬物使用の犯人にはしたくない。そんなことは木村も望まないだろう。

 この弁護士への依頼の件―――珠希さんの同意を得て借金の調査と店を辞め吾妻と縁を切る方法について弁護士へ相談するに当たり、当の本人に飲まされている錠剤の入手を依頼していた。
 飲んだふりをして持ち出してもらったのだが・・・・・・だから珠希さんは結婚して幸せを掴んだはずなのに、夫の知らないところで今だに吾妻に客を取らされているのだ。

「大学の研究室へ鑑定に出した結果、違法薬物は確認されませんでした。ただ、今は、と付け加えておきましょう」

「今は・・・・・・?」

「そう、今は、です。多くのセックスドラックが巷に広がっているのはなんとなくご存じでしょう。少し前までは脱法ドラッグと言われていました。現在はその多くが違法認定されている。だから今後は飲まされている錠剤の成分も違法薬物に指定される可能性が高い。そうなったら薬物事件の被疑者として取り扱われる可能性もでてきます。あの錠剤ですが、興奮作用をもたらす化学物質が多く含まれているようで、当然体にも悪い。だから、もう飲まない方がいい」

「先生、どうすれば――――――」

 珠希さんが吾妻と縁を切れない根底にあったものが父親の残した多額の借金だったはず。それ自体が法的に返済義務のないものなら、あとは勝手に店を辞めてしまえばなんの問題もないのでは・・・・・・。

 そう考えてみても、澱のように積もった不安な気持ちは拭えなかった。本当にそれだけで吾妻と縁が切れるのだろうか? 

 得体の知れない恐怖を感じて視線を落とすと、こっちの内心とは裏腹に伊達先生の口からとても心強い言葉が飛び出す。

「吾妻と話し合いの席を持ちましょう。私が同席して債務状況の確認と返済義務の確認を行います。その上で雇用契約の確認を行い可能な限り早い解決を目指す」

 相談した弁護士の多くは吾妻の名前を口に出した途端、尻込みする態度を見せていた。事務所はお世辞にも繁盛しているようには見えない。だが、この弁護士は他とは違う。もしかしたら珠希さんを今の境遇から救いだせるかもしれない。

 一筋の光明が見えた気がした。その思った瞬間、緊張の糸が緩み口から安堵の溜息が漏れた。そんな俺の態度に伊達先生は険しい表情を向ける。

「まだ安心はできません。吾妻は裏社会の人間です。表面上はこちらの要求に従っても木村珠希さん自身やその夫、ひいては海原さん、あなたに対する報復の懸念が払拭できない。だから警察へ相談するなり事後に備えた方がいい。これは私からのアドバイスです」

 伊達先生の言葉はよく理解できた。
 ただ警察へ相談となれば・・・・・・珠希さんが強いられている行いを夫の木村が知ることになるかもしれない。そうなったら結婚は解消だろう。
  
 だからこの時の俺は―――珠希さんが店を辞めることができたとして、そもそも借金がないのなら吾妻との関係も断つことができるわけで・・・・・・警察に相談せずとも後はなんとかなるんじゃないのか、とあえて楽観的な考えに逃げたのだった。

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