スナックへ呼び出されてから、一週間が経過していた。
その間、吾妻からの連絡は一度もなかった。
あの夜のことを思い返せば、欲望に身を任せたことをもの凄く後悔している。部屋に入った時から気になっていた撮影機材―――珠希さんから体を離して我に返った後・・・・・・恐ろしくなって体の震えが止まらなくなった。
作動していたようには見えなかったのだが、実際に電源ボタンのオンオフや画面を覗いて確認したわけではなかった。
それに両手を拘束されたままの珠希さんを、あんな場所に置き去りにしたこと・・・・・・。
吾妻からは、何らかの薬物使用を仄めかす言葉を聞いていた。
強引に連れ帰ることや、警察に相談することを考えたりもした。しかし欲望に流されて珠希さんの体を弄んだ俺は―――結局は何もできず逃げ帰るように店を後にしたのだ。
非日常の場面で混乱していたとはいえ、今になって考えれば―――男としてあり得ない。こんなに自分自身が情けない男だったなんて・・・・・・木村に合わせる顔がなかった。
あの部屋を出て店舗部分に戻ると、すでに吾妻の姿はなく、カウンターには金髪の女が1人で立っていた。
あの時に向けられた、俺を蔑むような目―――すべてを見通していると言わんばかりの冷笑が頭の隅に張り付いて離れないでいた。
この一週間はなんだかスマホの画面ばかりを眺めて生活していたように思う。
吾妻からの連絡に怯え、仕事にも身が入らなかった。
家にいても落ち着きがなかったようで、妻のゆり子には本気で心配された。
体調や落ち着かない理由について何度も訊かれたのだが・・・・・・木村の奥さんとセックスしたなんて口が裂けたとしても言えるわけがないだろう。
結局は一週間が過ぎても吾妻からの着信は一度もなく、珠希さんの抱える問題―――あの夜の出来事から目を背けることしかできていない。
もともと楽観的な俺は考えた―――。
置き去りにした珠希さんは無事だろう、と。何かあったなら必ず木村からの連絡があるはずだ。連絡がないということは、珠希さんは表面上は普通に生活ができているのだ、と。
それから、撮影機材のことも。
そもそも、あの夜の場面が映像で残されていたとして、仮にネットへ流出しても、珠希さんは大きなアイマスクを着けていたし、標準的な顔をしている俺は、『他人の空似』と誤魔化すことでなんとか乗り切ることができるだろう、と。
もしも吾妻が映像をネタに脅してくるような事があったとしても、何ら動じることはない、と相手の本当の恐ろしさを知らない俺は強気に考えていたんだ―――。
◇◇◇◆◆◇◇◇◆◆◇◇◇
退社時間―――。
仕事は山積み。しかし残業する気持ちになれなかった。
同僚が誰一人として帰る気配を見せない中、静かに帰り支度をする。
通勤鞄を机の上に置いて椅子から腰を浮かせる―――その時、メッセージアプリの通知音がして、上司と同僚たちの視線が一斉に俺へと集まった。正直、帰りにくい・・・・・・。
スマホを取り出して確認してみると、今は会いたくない親友からのメッセージだった。
木村とは―――木村夫婦が結婚後の挨拶で我が家を訪れて以来。
短い内容で、『相談したいことがある』というものだった。
相談か・・・・・・珠希さんの抱えている問題について、という事も考えられたのだが、冷静に考えればあんな現状を新婚の珠希さんが正直に告白できるはずもなく―――そうなれば何のことなのかは大いに心当たりがあった。
最初の相談に使用した駅前の居酒屋を指定してメッセージを返すと、さも急用が入った風を装ってそそくさと退社した。
コメント
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