―――ちゅう、ちゅう、ちゅぱっ、じゅるぅぅぅ―――
何かを吸い立てるような湿った音で、就寝中の和義は目を覚ました。
薄暗い室内、桃香の授乳だろうと想像したものの、その音がやけに遠くから聞こえることに違和感を覚て隣のベビーベッドへ顔を向けた。
その視線の先では長女の桃香がすやすやと眠っている。
薄闇に目が慣れてくると、ベビーベッドの向こう側に妻の姿がないことがわかる。
(うん? 起きたのか?)
そう思った和義の耳に、こんどは呻き声のようなものが聞こえてきた。
「うっ、ううぅ」
その声はくぐもってはいたが確かに妻のもので、父親が日頃から口にしていた「安普請だから壁が薄くて隣の生活音がまる聞こえだ」という言葉を思い出す。
―――ちゅ、ぶじゅるるるぅぅぅ―――
呻き声は懸命に抑えられているような感じで、何かを吸い立てるような湿っぽい音は一向に止む気配がない。
(搾乳器を使ってるのか?)
子供が生まれて母乳過多の美智が搾乳器を購入したのは覚えていた。しかし痛がって使用するところを一度しか見た事がなかった。
今夜は桃香が大人しく眠っているので、胸が張って仕方なかったのだろうか、と考える。
しばらく呻き声と粘着質な音を聞いていた和義だったが、なんだか淫猥なものに聞き耳を立てている気持ちになってきた。
健康な体であったなら下半身は勃起していたのかもしれないが、現状は気持ちがモヤモヤとするだけで下半身は全く反応していなかった。
「・・・・・・お義父さん」
不意に―――悶々としている和義の耳に、誰かに話しかけるような妻の声が聞こえた。
(うん? いま何て言った!?)
介護ベッドに横たわっている和義は自分の耳を疑った。父親が一緒にいるのだろうか。吸い立てるような湿っぽい粘着質な音を搾乳器だと考えていた頭が混乱する。
本当に想像通り搾乳器を使用しているのなら、妻は自分の胸を義父に晒している事になる―――。
(まさか、な―――)
すぐに正常な思考へと切り替えて、芽生えた疑念―――バカげた考えを一蹴する。少し冷静に考えてみれば、同じ屋根の下に母親もいるし、何かを吸い立てるような湿っぽい音は搾乳器とは限らないのだ。それに献身的な妻の美智に限って―――あるはずがなかった。
そして別の理由に考えを巡らせようとして和義が目を瞑った時だった。
―――ちゅぶぅぅぅ~~~!
和義はタコの吸盤を連想するような一際大きな音を聞いた。
「うっはははぁぁぁ、い、痛ぃ、駄目ですぅお義父さん~」
何かを吸い立てる音に続いて、痛がるような美智の呻き声。確かに「お義父さん」と聞こえた。
(―――なっ!? いったい親父と何をしてるんだ?)
いますぐに様子を確かめたい和義は―――しかし起き出すことはできない。もう慣れてしまった感情だったが、今夜も不自由な自分の体を恨めしく思った。
そして断続的に居間の方から聞こえてくる妻の呻き声と、何かを執拗に吸い立てる粘着質な音を聞いて得体のしれない不安に襲われた。
コメント