食事が終わるころにはレストランは閑散としていた。
妻と青年たちの会話は相変わらず盛り上がっていて、案内待ちの列が消えた事で席を立つタイミングを失ってしまっていた。
青年たちの前で年甲斐もなくはしゃいでいる妻に対して、僕は嫉妬からくるイラついた気持ちを覚えはじめていた。
「小学生のお子さんがいるようには見えませんよ」
田中君が調子よく妻を持ち上げる。
「そんなことはないわ。もうおばさんよ」
「ぼ、僕も――― き、綺麗だと思います」
少しどもりながら渡辺君が同調する。
「若い子に褒められるとお世辞と分かっていても嬉しいわね」
「・・・・・・そんな、お世辞じゃなく本心です」
「はいはい、ありがとう。おばさんを褒めても何も出ないわよ」
妻は若者の言葉にまんざらでもない様子だった。
僕ら夫婦とではなく、僕の妻との会話を楽しむ青年たちを観察してみる。
軟派な印象の田中君の視線が、会話の合間にチラチラと妻の胸元へ注がれているのが分かった。
「バイク以外で奥さんの趣味ってあるんですか?」
田中君のありきたりな質問に、「雑貨屋さん巡りと―――、映画鑑賞かな」と軽い調子で答える妻。大人の余裕を装ってはみても、僕からすれば若い男たちの間で右往左往して見えた。
「大内さんは?」
不意に僕へ質問が飛んできた。
本当は僕の趣味なんかに興味がないのだろうと思ったので、「バイク以外の趣味はないな」
とそっけなく答えてやった。
質問した田中君は初めから興味がなかったのだろう、「そうですか」と話しを短く切って妻の方に視線を戻した。
「そういえば映画館があるんですよ。知ってました?」
「―――えっ!? どこに?」
妻が目をぱちくりさせながら田中君に聞き返した。
「この船にですよ」
飛行機などの長時間の乗り物には映画のサービスが定番だが、まさか船の中に映画館があるとは驚きだった。
「すご~い。豪華客船みたい」
興味津々な声を上げた妻が、同意を求めるように僕の顔を見た。僕は敢えて視線を合わせない。別に妬いてるとかそういった感情ではない、と思いたいのだが・・・・・・。
歓んだ様子の妻の反応を見て、田中君が言葉を続けた。
「奥さんは映画とかよく観ますか?」
「大好きよ。子供ができてからは映画館には行けてないけど」
そう言いながら再び妻は僕の顔を見てきた。
「よかったら一緒にどうです?」
「えっ、一緒に―――!?」
青年からの誘いに、妻は驚いた表情で固まってしまう。
「―――はい。さっき確認したんですが、もう少しで次の上映時間みたいです」
「船上の映画館か~、ちょっと行ってみたいかも―――」
迷っているふうの妻の視線が、田中君の顔から僕の顔に移動した。
田中君の言葉は―――僕ら夫婦が誘われたのか、はたまた妻だけが誘われたのかが分かりにくい。
巧みな誘い方に、夫として警戒心を強めた。若い学生と仲良く話をする妻に嫉妬しているだけかも知れない。しっかり断る口実を考える。
しかし、よい口実が見つからないままに―――急激な吐き気に襲われた。
両手で口を押え胃からせり上がってくる不快な感触を抑え込む。
「―――あ、あなた、大丈夫?」
「顔色が悪いですよ」
青い顔をした僕の背中に妻が手を添えて心配そうに言った。田中君と渡辺君も気遣うように言って僕の顔に視線を向けてきた。
吐き気の第一波をやり過ごした僕は、「大丈夫・・・・・・ ただの船酔いだよ。先に部屋へ戻るから―――映画を観てくればいいから」と言葉を絞りだすと、妻を1人残して席を立ったのだった。
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