出張先での仕事を終えて、宅近くの最寄り駅に帰ってきたのは金曜日の夜だった。
先方の都合で急遽スケジュールが前倒しになり、明日の土曜が移動のみとなったので、俺だけ我がままを言って出張組から離脱するかたちで先に帰らせてもらったのだ。
―――今頃、あっちに残った同僚たちは繁華街で最後の夜を存分に楽しんでいるんだろうな。それに比べてこっちは‥‥‥
不安と奇妙な興奮。いつにない感情に包まれながら、俺は外だというのに人知れず下半身を膨らませた。
帰りの新幹線の中で珠希とメッセージのやり取りをし、木村の不在は確認済みだった。
木村は昨夜と同じで今夜も珠希のマンションには顔を出さないらしい。敢えて木村の予定は聞かなかった。その事実だけで十分なのだ。俺の中で確信めいたはものがあって―――昨夜本当にゆり子と木村が一緒にいたのなら、今夜もきっと二人は一緒にいるはず。
11月の空気は思いのほか冷たく、夜空を見上げれば月が輝いているというのに小さな星が鮮明に見えた。
我が家の外観が確認できるところで歩みを止める。そこで冷たい空気を肺に吸い込んでから一気に吐き出した。
時刻はあと少しで9時になる。
我が家を観察すると、1階のリビングの窓から灯りが漏れ、2階の窓は真っ暗だった。
ゆり子はまだ起きている。俺が突然帰ってきたら一体どんな顔をするのだろうか? それに木村が間男として上がり込んでいたら―――その時俺は冷静でいられるのだろうか?
考えがまとまらないが、もう後には引き返せない。
敷地の外まで帰ってくると、俺が仕事で帰宅する時はいつも点いている玄関外の灯りが消えていた。不思議なことに、それだけでまるで見知らぬ他人の家を前にしている感覚になる。
中からは人の気配が感じられず、なんの音も聞こえてこなかった。
緊張からか耳の奥でドクドクと音が聞こえ、心拍数が爆上がりしているのがわかった。
閉じられた玄関ドアに音を立てないようゆっくりと近づいた。取っ手を握り慎重に引っ張ってみる。が、やはりドアは開かず鍵が閉められていた。
そこでポケットから電子キーを取り出したのだが、すぐに考えを改めた。このままロックを解除すれば、動作音で気づかれてしまう可能性が高い。
少し考えてから裏へ回ることにした。
リビングの横を避け、反対側から勝手口を目指す。
普段、勝手口のドアから出入りはしないのだが、鍵は以前から鞄の中にあったはずだ―――。
我が家の1階、リビングダイニングとキッチンは一間続きで仕切りはない。
勝手口はキッチンの端に位置し、壁の凹み部分にドアがあった。だから外からドアを開けたとしてもキッチンに人がいない限り気づかれる可能性は低かった。
ドアに顔を近づけて、すりガラス越しに中の様子を確認する。
誰かの気配はなく電灯は消えていた。奥の方―――リビングの灯りだけが点いているようだった。
息を止め勝手口の鍵を慎重に回した。まさか泥棒でもないのに二重ロックが恨めしく感じるとは。
ドアを開けた時の気圧の変化も気になったが、実際に開けてみるとそんなことはなく、俺は誰にも気づかれることなく我が家への侵入に成功した―――。
◇◇◇◆◆◇◇◇◆◆◇◇◇
屋内に体を滑り込ませると、リビングに人の気配があった。明らかに一人ではない。
その気配の方向から、「ちゅうちゅう」とか「ちゅ」という文字通りキスを交わす湿った音が微かに聞こえてきた。
俺はキッチンカウンターの脇にしゃがみ込んで、リビングから見えないように姿を隠した。
股間がキスの音に反応して勃起する。その事実だけを捉えても、聞こえてくる音が子供にする『お休みの挨拶』ではないことがわかる。
キスの音は次第に大きくなり、「じゅるじゅる」や「ぶじゅ~」といった淫靡なものに変化した。
頭に浮かんだのは、ヌラヌラとした爬虫類を連想させる深くていやらしいディープキス。
時折、息継ぎのために漏れ出す官能的で短い喘ぎ声のようなものは明らかに妻のもので、もう一つは木村のものに聞こえた。
思ったとおり妻のゆり子と親友の木村は、俺に隠れて不貞を働いていた。
だが、そんな二人を目の前にしても、不思議なことに怒りの感情が爆発することはなかった。
ズボンの中の一物は扱いてもないのに完全勃起しビクビクと脈打っている。床に擦りつければすぐに射精できるだろう。
俺の中で、怒りの感情より興奮のほうが勝っていた。


コメント
もっとお願いします。面白くなってきました。この章をありがとう
この章をありがとう、次の章も公開してください
消していただいてありがとうございます。
次回から気を付けます。
反省してます。
大丈夫です。問題ありません。
私がメッセージを承認し初めて表示される仕組みなので、第三者は閲覧できていません。