まどろみの中で、船体の静かな揺れを体に感じていた。―――ゆっくりと目を覚ます。旅の疲れと酔い止め薬の相乗効果で、いつの間にか眠ってしまっていた。
1人で客室に戻り寝台に横になった時とは違って、室内は薄暗く妻たちとレストランで別れてから相当な時間が経過していることが分かった。
すぐに寝台から起き出して妻の姿を確認した。妻が使用する上段の寝台に姿はなく、荷物は乗船時のままで隣の寝台にも学生達の姿はなかった。
―――たしか映画に誘われていたな
食事の時の会話を思い出しながら妻を探す事にした。
客室から通路に出て窓の外を見ると、日中に見た綺麗な碧色は濃い黒色に塗り替えられていた。
映画館が船内の何処にあるのかは分からない。とりあえずレストランと売店があった上のデッキを目指そうと、中央階段を急ぎ足で上がった。
階段を上がったところで同室の学生―――、硬派なイメージの渡辺に声を掛けられた。
「大内さん」
「―――ああ、君は」
声を掛けてきた渡辺は、俺とは反対に階段を下りるところだった。連れの田中の姿が見えない。
「渡辺君だったかな? そうだ僕の妻を知らないかい?」
「―――えっ!? あ、あ~奥さんですか・・・・・・ それなら田中と一緒に映画を観てたんですが・・・・・・」
僕の質問に、何故だか渡辺は動揺を見せた。歯切れも悪い。
「もう暗くなってるし、さすがに観終わってないかな?」
「・・・・・・ど、どうでしょうか。途中まで一緒に観てたんですが、飽きちゃって―――、それで途中で僕だけが映画館から出てきたんです」
頭に手をやり、所々でしどろもどろな様子の渡辺。どこか言い訳じみたような印象を受けるのは気のせいだろうか。
「じゃあまだ2人で映画を観てるっていうのか?」
すこしだけ口調が強くなると、目の前の渡辺が困惑した表情を見せた。
「いえ、僕は早い段階で飽きちゃって、今までゲームコーナーで時間を潰してたんです。じゃあ、まだ2人は部屋に帰ってないんですね・・・・・・ 9時頃まで繰り返し上映しているみたいだから、もしかしたらまだ観ているんじゃないでしょうか」
目の前の学生と話していても埒が明かない。苛立ちを隠せない僕は、「ありがとう、電話してみるよ」と言って渡辺に背を向けて別れた。
ポケットからスマホを取り出した。しかし映画を観ている可能性もあることから、時間を確認しただけでポケットにしまう。日中の船酔いは治まり、少し空腹を感じると思っていたら、もう8時半を回っていた。
―――まだ上映時間は終わってないな。とりあえずは映画館だ
壁の船内案内図で場所を確認して、僕は映画館へ急いだ。
◇◇◇◆◆◇◇◇◆◆◇◇◇
映画館はレストランと同じメインデッキの船尾に位置していた。何もない海の上での娯楽として、乗客には無料で開放されていた。
両開きの扉を開けて中を見ると、映画専用に設計されたものではないことは一目でわかった。
小さなスクリーンの前には、厚手の絨毯が敷かれた5段の段差があり、その段差が客席の役割をしていた。窓側と出入口付近に、所々に穴があいた年季の入った暗幕が張られていた。
上映中の作品は、むかしテレビで繰り返し流れていた古いハリウッド映画だった。黒人と白人の刑事がコンビを組み、面白おかしく事件を解決する定番のストーリーだ。
懐かしさを覚えながらも、僕は薄暗い客席に視線を向けた。暇を持て余した乗客が疎らに座っている。フェーリーの乗客数から考えれば、かなり少ない人数だと思える。まあ、上映終了間際の時間を考えればこんなものかとも思った。
出入口の扉を静かに閉めて暗幕の内側に立つ。すぐに前から二段目に座っている妻の背中を見つける事ができた。
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