まどろみの中で、船体の静かな揺れを体に感じていた。
―――ゆっくりと目を覚ます。
旅の疲れと酔い止め薬の相乗効果で、いつの間にか眠ってしまっていた。
レストランから1人で船室に戻り寝台に横になった時とは違って、辺りは薄暗く妻たちと別れてから相当な時間が経過していることが分かった。
すぐに寝台から起き出して妻の姿を探した。
しかし妻が使用する上段の寝台にその姿はなく、荷物は乗船時のままで隣の寝台にも青年たちの姿はなかった。
そういえば映画に誘われていたような・・・・・・。
レストランでのやり取りを思い返すと、一気に不安な気持ちが押し寄せてきた。
まだ少し気持ちが悪いがそんなことは言ってられない。狭い寝台からゆっくりと起き出すと妻を探す事にした。
客室から通路に出て窓の外を見る。すでに日中に見えた綺麗な碧色は濃い黒色に塗り替えられていた。
映画館が船内の何処にあるのかは分からない。
とりあえずレストランと売店があった上のデッキを目指そうと中央階段を急ぎ足で上がった。
すると階段を上がったところで同室の青年―――硬派なイメージの渡辺君に声を掛けられた。
「お、大内さん」
「―――ああ、君は」
声を掛けてきた渡辺君は階段を下りるところだった。相棒の田中君の姿は見えない。
「ちょうどよかった。妻を探してるんだけど、何処にいるのか知ってるかい?」
「あ、あ~奥さんですか・・・・・・ まだ、映画を観てるのかな・・・・・・?」
僕の質問に何故だか渡辺君は動揺を見せた。口下手なんだとしても、それでも歯切れが悪い印象だ。
「もう暗くなってるし、さすがに観終わってないかな?」
「・・・・・・ど、どうでしょうか。途中まで一緒に観てたんですが――――――飽きちゃって。それで1人で映画館を出たから・・・・・・」
頭に手をやり所々でしどろもどろな様子の渡辺君。どこか言い訳じみたような印象を受けるのは気のせいだろうか。
「じゃあ、まだ2人で映画を観てるっていうのかい?」
渡辺君の曖昧な返答で不安な気持ちが大きくなった僕は少しだけ詰問口調になる。すると目の前の渡辺君が困惑した表情を見せた。
「いえ、僕には・・・・・・わかりません。今までゲームコーナーで時間を潰してたんです。まだ2人が部屋に戻ってないなら・・・・・・ 次の作品を観てるんですかね」
「ふぅー、つまり妻と田中君の居場所は分からないってことだね」
目の前の青年と話していても埒が明かないと感じた。苛立ちを隠せない僕は大きな溜息を吐いて、「電話してみるよ」と言って渡辺君に背を向けた。
渡辺君の姿が階段下へ消えるとポケットからスマホを取り出した。
通話履歴から妻の名前をタップして、表示された通話ボタンをタップすることなく手を止めた。
よく考えてみればまだ映画を観ている可能性もある。上映中に電話はまずいだろう・・・・・・時間を確認してスマホはポケットにしまった。
船酔いの影響が残るなかでも空腹を感じると思っていたら、もう夜の8時半を回っていた。まだ上映時間は終わってないのだろうか。
売店の入口に近いよく目立つ位置に船内の案内図を見つけた。
妙な胸騒ぎを覚えた僕は小走りで映画館を目指した。
◇◇◇◆◆◇◇◇◆◆◇◇◇
映画館はレストランと同じメインデッキの船尾に位置していた。何もない海上での娯楽として乗客には無料で開放されていた。
上映中の表示板がぶら下がっている両開きの扉を開けて中を見ると、映画専用に設計されたものではないことが一目でわかった。
小さなスクリーンと階段状になっている簡易の客席。窓側と出入口付近の光が入り込む箇所に、ところどころ穴があいた年季の入った暗幕が張られていた。
上映中の作品は、テレビのロードショーで見たことのある昔のハリウッド映画だった。人種の違う凸凹コンビの刑事が面白おかしく事件を解決する定番のストーリーだ。
懐かしさを覚えながらも、僕は薄暗い客席に視線を向けた。
海上で暇を持て余した乗客が疎らに座っている。
フェーリーの乗客数から考えれば、かなり少ない人数だと思える。まあ、上映終了間際の時間を考えればこんなものかとも思った。
出入口の扉を静かに閉めて暗幕の内側に立つ。
すぐに前から二段目に座っている妻の背中を見つける事ができた。
コメント