メッセージを送信してから5分が経過していた。既読はつかないまま。
2歳になる長男はとっくに寝ている時間だ。
妻のゆり子は、『人妻バイアグラ作戦』の様子を隠し撮りした映像の中で、「信太が出張の時に来ていい?」なんてことを木村に言われ、何度も口説かれていた。
映像を見た限りでは、具体的な返事をしていなかったと思うのだが―――まんざらでもないゆり子の表情が脳裏に蘇る。
―――返信がない理由として考えられること‥‥‥
それは子供を寝かしつけながら一緒に寝てしまったか、それとも他に理由があるのか―――。
あらぬ妄想が膨らむ。
―――場所は2階の寝室。
最近使わなくなったベビーベッドに2歳の長男が寝かされている。
夫婦のベッド上には、いやらしく重なる男女の姿。
男は自分じゃなくて、俺の親友。女は小柄でスレンダーな体形の自分の妻。
珠希公認の療治の時と同じで、欲望剥き出しの激しいセックスが行われている。あの時と違いがあるのは、ゆり子が遠慮なく嬌声を上げていること。
肉と肉がぶつかり合い、寝室には卑猥な音が弾けている。
見慣れたマットレスは、パンパンという音に合わせて波のうねりのように上下し、そこに投げ出された妻のスマホは持ち主に訴えかけるようにむなしくメッセージの通知ランプを点滅させている―――。
「くそ‥‥‥!」
頭を左右に振り、昏い妄想から現実に立ち返った。
珠希公認の『人妻バイアグラ作戦』を隠し撮りした1階和室のカメラは、リアルタイムで映像を見られる機能はない。出張の前日に嫌な予感があって2階の寝室に仕掛け直していた。
妄想で終わるのか、はたまた現実なのか? どちらにしろ出張先から帰ってまずは保存された映像を確認しなければ‥‥‥。
振り払ったはずの妄想がいつしか溢れ出し、気が付けば狭い部屋の中を歩き回っていた。
スマホの画面を凝視しているが、ゆり子からの返事はないままで‥‥‥いてもたってもいられなくなった。
迷いもあったが、通話ボタンをタップした。
妄想が現実になる恐怖と、けして小さくない妖しい期待感みたいなものが胸の奥で渦巻いていた。
ベッドの縁に腰かけスマホを耳に当てる。呼び出し音が繰り返されるばかりで、一向に繋がる気配がなかった。
仕方なくスピーカーに切り替えてからスマホの画面を見つめた。こんな精神状態では、明日の仕事に影響がでるだろう。
ただ寝ていただけだとして、この鬼電で起こしてしまったなら普通に謝れば済むこと。
頼むから電話に出てくれ、と祈るような気持ちで天井を仰いだ。
と、呼び出し音が途切れ電話が繋がった。
『‥‥‥もしもし』
スマホのスピーカーから囁くような妻の声が聞こえた。
それはいつもより低い声で、寝起きのような声にも感じられた。
『わ、悪い。もう寝てた?』
『あ、う、うん‥‥‥寝てた』
答えたゆり子の様子から、どことなく歯切れの悪さを感じた。
小さな声は聞こえにくく、スピーカー出力をやめスマホを耳に当てる。
『起こして悪い。そっちは変わりないか?』
『‥‥‥うん何もないから心配しなくて大丈夫よ。信太‥‥‥あのね、子供が起きちゃうから‥‥‥』
そう言ったゆり子の声に重なるようにして、ゴソゴソと衣擦れの音。
寝転んでいたゆり子が上半身を起こしたのか、体の向きを変えただけなのか、普段なら気になるようなことではないのだが―――俺はもう一人の存在を疑ってしまう。
『もしかして、お義母さん泊まりに来てる?』
嫉妬心から、ついつい鎌をかけるような言い方になってしまった。本当に木村がいたとして、妻の口から正直な話が聞けるはずもないのだが。
『えっ―――!? な、なんで? 来てないよ‥‥‥』
『俺がいないから、お義母さん呼んだのかと‥‥‥いや、なんか音が聞こえた気がしたから、そうかなって』
『私たちの話声で太晴が目を覚ましたのよ。土曜に帰ってくるんでしょ? 大丈夫だから』
『そ、そうか―――起こしてごめん』
『もう切るね‥‥‥ちょ、ちょっと、待ってってば―――ダメ‥‥‥』
ゆり子のすこし焦ったような声はゴソゴソと擦れるような大きな音でかき消された。
『大丈夫か?』
『あっ、大丈夫、だから‥‥‥ちょっ、ダメだって―――ぐずってるから、もう切るね‥‥‥ママはここよ―――』
『お、おやす―――』
俺が言い終える前に向こうから電話が切られた。
そんなに急いで切らなくちゃならないのか? 些細なことでも勘ぐってしまう。
―――ゆり子は本当に寝ていただけなのだろうか? それとも妄想どおり木村の存在が傍にい‥‥‥
そう思うと、眩暈がした。
スマホのホーム画面を見つめたまま、片手で眉間の辺りを揉み込む。
今更な話だが、ゆり子と木村の間には既に肉体関係がある。
だがそれは俺に隠れながらも俺の近くで行われ、もっと言えば療治のタイミングだった。
誰にだって性欲はある。あんなセックスごっこの後では二人のセックスは事故みたいなもの。少なくとも俺は自分自身をそう納得させていた。
こんなことは珠希と不倫している俺が言えた義理ではないのだが、それでも俺のいないところで二人がセックスするこには我慢ならない。


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