―――暦の上ではすでに冬。
だがしかし、日中は少し歩いただけで汗ばむような陽気が続いていた。
老朽化が進んでいるマンションから少し離れた生活道路の比較的広くなっている部分に車を止めた間宮は、周囲の目を気にしながら目的の部屋を目指した。
以前に訪れた時とは違いジャンパーを羽織ったラフな私服姿だ。
エントランスを抜けレベーターに乗って4階まで来ると、小さな息を吐きハンカチを取り出して額に滲んだ汗を拭う。
「まったく・・・・・・異常気象だな」
通路を歩いて目的の部屋の前に立つと躊躇なく呼び鈴を押した。自分が設置した隠しカメラで中の様子は把握済みだった。
―――応答はない。
預かっていた合鍵を上着のポケットから取り出すと玄関ドアの鍵を開けて素早く体を中へ滑り込ませた。
「―――来たぞ。急ぎの用件ってのは?」
いきなり呼び付けられた格好の間宮は、玄関横の部屋に入ると緊張した面持ちで介護ベッドの和義に訊いた。社交辞令はない。
「急に呼び出して悪いな」
「求職中でも色々あるんだ。それより、俺にも関係する用件ってのは?」
「単刀直入に聞きくんだが――――――おまえ、見たんだろ?」
「み、見たって・・・・・・な、何をだ?」
額に汗を浮かべる間宮と違い、質問する和義は落ち着いていた。言葉に冷たいものを感じて間宮の喉がごくりと鳴る。
「お前も知ってのとおり、俺は機械音痴だ。ただ、暇な身としては知識を得る時間は多分にある」
「・・・・・・」
「隠しカメラの映像は間宮も見れるんじゃないのか?」
「――――――!?」
「かまをかける言い方で悪いな」
不自由な体と機械音痴の和義に代わり、間宮はカメラの設置とスマホへの映像出力の設定を行っていた。和義は馬鹿ではない。同級生の間宮は、中学時代の和義の成績が学年でトップクラスだったことを知っている。ゆくゆくは感づかれるような気がしていた。
「いや、まあ、正直に言えば・・・・・・俺も見える。だが何も見てないし、その―――」
言い逃れができないと悟った間宮はしどろもどろの口調で答えた。
「―――いいんだ。怒ってない」
「いや、俺は・・・・・・」
言葉を失った間宮に対して、和義は大きな溜息を吐いてからゆっくりと本題を切り出した。それは間宮が否定しようとも、隠しカメラの映像を見ていたという前提に立った話だった。そして内容を聞き終わった間宮には、もう嘘をつく必要がなくなっていた。
「本当に俺でいいのか?」
「ああ、映像を見た間宮以外には頼めない」
「―――わかった。鈴木の体が良くなるんなら協力する。歩けるようになるといいな」
「医者は無理だって言ったのに―――本当に反応したんだ。それに動かないほうの体も少しだけ力が入るような感覚がある」
「そうか・・・・・・それで親父さんのほうはどうするんだ?」
「それは俺なりに考えがある。この計画が始まったら話すよ」
「じゃあ、いつにするかな―――」
女好きの間宮にとっては思いもよらない話だった。
止めていた車に乗り込むと、最初に鈴木家を訪ねた時に見た美智の恵体を思い浮かべて口の中に涎を溜めた。
和義から持ち掛けられた計画がなくとも、遅かれ早かれ録画した映像をネタに美智に関係を迫るつもりだったのだが―――その行為が夫公認になろうとは・・・・・・。
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